Se projeter dans l'avenir 〜INSEAD MBA留学記〜

2018年8月からINSEAD MBA留学。MBAで感じたことについてつづります

Japan Trek

P3からP4の休み期間を利用して、日本人学生有志でJapan Trekなるものを企画し、一週間のトレック(という名の旅行)を実施いたしました。この休み期間には、他にもトレック企画が多く、中国・香港・イスラエル・ドバイ・南アフリカ・ニューヨーク・ヨルダン・バンコクとまあ兎にも角にも目白押しで、500人いる学生がそれぞれの興味関心を元に様々なトレックへと旅立って行ったわけですが、それでも日本に対する興味関心は高く、途中参加踏まえ合計で20名以上の学生に参加してもらえました。そしてその出身もバラバラ。少しあげただけでも、アメリカ・中国・スイス・ドイツ・ウルグアイ・ブラジル・スペイン・フランスなどなど、様々な国からきてもらいました。とてもありがたい限りです。

 

一応私は大学生時代に国際交流団体で色々と日本を回った経験もあり、それを活かしながら以下プランにて旅程を組んでいきました。もちろん、参加者からも「ここがいきたい」という要望があったので、それに応えつつフレキシブルな旅程を組んだので、結果としてかなり満足度が高いトレックになったかと自負しています。

 

1日目:大阪(大阪城あべのハルカス等訪問)

2-3日目:京都(定番旅行地、および文化体験)

4日目:箱根(温泉)

5-6日目:東京(定番旅行地および展示会等)

 

この旅を通じて実感したのが、外に対しておもてなしする際の日本の表象の変化です。10年前に外国人を連れて日本各地を旅行したときには、どちらかというと興味は歴史的建築物に重きが置かれていたのですが、今回様々な学生と旅行をして感じたのは、歴史的建造物にはあまり興味がわかない。どちらかというと、街中の些細な人々の動きだったり、微々たる特徴に目がいったり、文化体験での所感の共有が行われたりなど、私が以前経験したものとはまた一味違った経験ができたのではないかなと思います。そういった点では、外国人から見た日本の見られ方が変わっているのではないか、そう感じてしまいました。(すなわち、建造物のみではなく、ソフトの面も踏まえたパッケージなところとしての日本表象)

 

そしてもう一つ、半ば浮世離れして、外国人旅行客の視点から日本を見るとぼんやりと浮かび上がってくるのが、日本という土地のとてつもない観光資源の多さかと思います。今では日本論を中心に有名になりましたデービット・アトキンソン氏が、数年前の著作である『新・観光立国論』でもあげていたように、日本はこれでもかというくらい観光資源がある。季節も春夏秋冬それぞれの楽しみ方があるという点ではオールシーズン対応可能だし、朝から晩まで、とにかく何かしら楽しめるアクティビティが、いつでもどこでも用意されている。例えば、東京に限らず地方都市においても、必ず観光地として史跡は存在するし、昼食・夕食にはその土地の美味しい郷土料理や、特に目立たないものがなかっとしても日本食というパッケージで様々なバリエーションがある。史跡を見飽きたとしても、自然が豊富なので、アクティビティや文化体験など、様々な選択肢が存在している。

デービッド・アトキンソン 新・観光立国論

デービッド・アトキンソン 新・観光立国論

 

 

正直なところ、こんな国は世界中探してもなかなか見当たらないのかなと思います。なぜなら、食事・季節・アクティビティ・史跡全てが揃っている地域はなかなかない。INSEADにきて、ヨーロッパからアジアまで全領域に旅行に行っていますが、そんな地域はなかなか見当たりません。例えばヨーロッパは、冬になればもう寒すぎて観光どころではありませんし、食事もまちまち(特にイギリス笑)です。アジアにおいても、東南アジア等はオールシーズン対応のところもありますが、史跡が少なすぎたり、食事があまりバリエーションに乏しいという方が大多数です。その世界の名だたる観光の中においても、日本というのは非常に稀有な存在なのではないか、というのが今回日本を巡って、というか日本の旅行をアレンジしてわかったことです。

 

 

こうやって考えれば、デービットアトキンソン氏が述べているように、あと少しの努力次第で、日本も観光大国として大いに化けるのではないか、そんな気がしてなりません。特に、観光業の国際化という観点、そして欧米を中心とした中長期滞在者の取り込みというのは、本当に一つの課題になってくるのではないかな、と思ったところです。

 

dajili.hatenablog.com

 

にしても、やっぱりこういう国際交流というか、自分かの紹介というのはやめられません。とても大変でしたが、こうやって自分の見知った場所においてもさらなる発見があるというのは、こうした旅行の醍醐味なのかなと思います。INSEAD生は我が強く、それぞれ自分のやりたいことを好きなように主張するために、それに応えるべく当日のスケジュール変更もざらでした笑 それでもなんとかフレキシブルに対応することができ、とても良い一週間を過ごすことができました。

 

今はすでにシンガポールに戻って就活モードとなっていますが、ここで養った鋭気で、なんとかP4も乗り切っていきたいところです。

 

では、では

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*写真は清水寺。清水の舞台の改修工事の真っ只中でなかなかここの魅力を伝えるのは難しかったですが、それでもとても楽しんでもらえました。

ビジネススクールから見た「日本」

シンガポールに移ってから2ヶ月が過ぎました。P3になってからはアジアキャンパスということもあり、アジアのケースを行う割合が増えたなという肌感覚はあるのですが、それにも増して日本を捉え直す機会が多々あったなと振り返っています。ということで今回は、「ビジネススクールから見た日本」について私見をまとめてみたいと思います。

 

ビジネススクールということで、ビジネス環境から捉えた日本という視点がメインとなるのですが、INSEADダイバーシティの中で日本はいったいどのように位置付けられているのか、簡単にまとめると、世界の主流とは明らかに違う価値観を持った人、といえそうです。

 

そもそもなぜそう感じたか。本論に入る前に、大きな影響を与えた一つのコア科目と一つの選択科目について紹介したいと思います。

Macroeconomics in Global economy

概念的に学習する内容は学部生のマクロ経済学と対して違いはないが、一つ大きく異なるのが、財政政策にしても金融政策にしても為替にしても、世界各国の政策や経済状況等を比較するという手法を取っている点です。比較マクロ経済学というべきなのかもしれませんが、そうした中で日本の事例が多く取り上げられていました。

 

Strategies in Asia Pacific

アジア市場戦略についての講義。特に日本については2コマを使って、現在の日本の価値観に影響を与えている歴史をざっくりと眺めたのち、現在の社会システムについてフレームワークを用いて分析を行うという講義がありました。その講義では、一つ一つの知識を見れば、日本人にとって真新しいものというものはなかったのですが、他の外国との比較の観点から、big pictureの視点で一つ一つの点となる知識が有機的に連鎖する繋がり方は、日本人の私からしても目から鱗ものであり、とても勉強になりました。

 

これらの授業を通じて感じたのは、日本は他の国にはない、強烈な二つの価値観を共有しているという点です。その二つというのが、「Collevtive Survival」、「Equity Outcome」だと思います。(一応、授業の内容を鵜呑みにするのではなく、自分なりの解釈を加え、以降論考をしています。)

 

まずCollective survival。なぜか知らないけど、とにかく日本人は「生き残ること」にこだわるのかもしれません。1000年続く企業だってあるわけですし、ビジネスの経営戦略にしても、事業の存続という観点が多く使われています。それゆえ、『生きている会社、死んでいる会社』でも取り上げられているように、一見すると社会的に淘汰されてもおかしくないような会社がいつまでも残り続けるというのは、ある種非常に日本的な現象なのかもしれません。

 

そしてもう一つが、Equity Outcome。これも人間は等しく平等であるべきで、それは機会も結果もそうであるべきという考え方が強いんじゃないかなと思います。これは、年功序列が一向になくならない(=社会の平等性を保つルールとして依然有用だと考えられている)点や、新卒一括採用が残っている点について説明が可能かと思います。

 

ではなぜこうした考え方が存在しているのかというと、歴史的な観点から紐解くことができそうです。本当にざっくりとではありますが、①集団作業が必要となる稲作を中心とした社会システム構築がなされていった点、②中国から儒教の影響を大きく受けた点、③何度か国を揺るがす脅威に晒された点、④何度か社会システムが変わりながらも、日本としての独立は保たれていた点が、これらの価値観を醸成する前提条件になったと言えます。

 

これらが形作る現在の社会システム(とはいっても、必ずしも必要十分条件ではありません。これら二つの共通価値観においても、異なる社会システムが出現する可能性は十分にあります)は、海外からすると非常に奇異な存在に見えるかもしれません。例えば、

 

①政府の債務が多いのに、ほとんどの債権者は日本国内の投資家(→これはイタリアやギリシャと大きく違う。愛国主義では説明しきれない何か別の価値観がある?→collective survival

 

②女性の社会進出が遅れている。でも日本人はそれをあまり問題と捉えていない(→戦後間もない家族観で作り上げられたシステムが未だに残っている)

 

などなどありました。いずれも授業においてコメントを求められ、理解してもらうのに大変苦慮した覚えがあります笑

 

以上がP3を通じて見えて来た日本の客観的なポジションです。とは言っても、それをネガティブに捉えるのではなく、むしろポジティブに捉えている印象があります。すなわち、

 

「自分たちとは違う考え方を持っている(協調的だし、あまり発言しない)。それでもうまく活用すればとんでもない力を発揮しそう(な気がする)」

 

ということになるのでしょうか。

 

Organizational behaviourの授業で読んだケースの中に面白いものがありました。そのケースでは、日本人とアメリカ人が同じグループの中で議論をするのですが、Interactionの頻度を見える化すると、見事に日本人はinteractiveではないし、話す人も非常に偏りがある。ただこれをうまくやって(発言を平等にするなど、組織のルールを作る)、日本人の発言を多くさせると、グループの生産性が向上した、というものです。この例からもわかるように、日本人は「Diversity」の中にあって、さらに「よくわからない奴ら」として見られているのかもしれません。

 

ただここで感じてしまうのが、「欧米ビジネスから見て日本というのは、Diversityを語る上での格好の良いターゲットなのではないか?」と言えなくもない、という点です。すなわち、INSEADお得意の「Diversityは素晴らしい」ということを語りたいがために、自分とは価値観の異なる日本人を取り上げて、その文化の違いを「消費」しているのではないか?という問題意識です。

 

どういうことか。それを非常に表しているのが私のOrganisational Behaviour1での経験です。直訳すると組織行動論なのですが、コア科目のうち1の方は、心理学の観点からより個としての人間にフォーカスを当て、どのような個人のパフォーマンスの上げ方があるのかということを主たる議論の対象としていました。そこで感じたのが「日本が消費される」経験です。

 

例えば、ハイコンテキストとローコンテキストのコミュニケーション。ハイコンテキストを表す文化の最たる例として日本が取り上げられ、どれほど日本がハイコンテキストな文化なのか、というのを議論しました。日本人である私は、「日本人の文化はどう違うのか?」という発言を何度も求められ、教授に求められるがままに、「ここが変だよ日本人」を演じました。

 

ただ、このハイコンテキストという考え。コンテキストをどこから見るかによって「ハイ」にも「ロー」にも捉えることができます。例えばヨーロッパにおいても、ラテン語を用いた非常にハイコンテキストなコミュニケーションが見られますし、日本においても非常に多くの説明を要するコミュニケーションの方法が取られることもある。要するに、ハイコンテキストやローコンテキストというのは、「見方次第で、どう捉えることもできる」というものなのです。

 

つまり、「ここが変だよ」というのが、実は別に変ではないということ。であればなぜ「変だよ」ということが殊更に強調されるのか?それはすなわち、「変であってほしい」という彼ら側からのまなざしがあるのではないか、ということです。

 

他にも、日本の顧客の文化的な違いに苦慮するという点に焦点が当てられたケースだったり、日本の電機メーカーが生み出した製品は日本の文化の賜物だというケースがあったり、何かケーススタディで日本の事例が取り上げられる際、「日本の文化は違うから」という前提条件が強調されているような気がしてなりません。だからこそ、日本は消費されているのではないか、という表現を用いたのです。

 

これらの経験を通じて自分が感じるのが、彼らの眼差しの中にある日本人を演じつつも、それを打ち破る戦いをしていかなければならない、ということです。これがまあ非常に難しいのですが。

 

長々と書いていきましたが、「相手からどう見られているのか」という視点を理解するにはとても良い経験だったように思えます。また、客観的に日本のポジションを理解するという点でも、P3は非常に良いものだったように思います。

 

P4は就職活動がメインになりますが、それでも面白そうな授業が目白押しなので、またここで紹介できればと思います。

 

では、では

 

 

2月22日〜P3終了〜

あれ、前の記事が「シンガポール到着」だったのに、もうP3終了?

 

はい、そうです。完全にブログから離れてしまい、この体たらくです。光陰矢のごとしとはまさにこのことで、気がつけばあっという間に怒涛のP3が過ぎ去り、金曜日を以ってP3が終了致しました。これで全カリキュラムの60%が終わったということになります。今P3を終えて時間ができたので、振り返ると同時に、INSEADのキャンパスライフについても紹介したいと思います。

 

この2ヶ月間、一体何をやっていたのか、順を追って紹介したいと思います。

 

①コア科目と選択科目で分刻みのスケジュール

コア科目は、Business and Society: Political Environmentと、Public Policy、そしてMacro Economics in the global economyという三科目。文系学部卒業出身の私にとっては比較的馴染みのある分野でしたが、欧州の学校らしくしっかりとPoliticsやSocial Scienceをやろうという考えをベースにしたカリキュラムになっています。特にマクロ経済学は、実際のマクロの理論(IS-LM曲線とか)のみならず、実際のデータを用いて現在の経済の状況を読み解く作業も行われ、非常に興味深い内容でした。さらに、教授が日本びいきなのか、それとも日本の状況があまりにも特殊なのか、日本の事例(アベノミクスなど)を用い財政政策や金融政策を論じてくれたため、日本の危うさについて改めて危機意識を植え付けてくれた、そんな授業でした。

 

一方で選択科目は、その名の通り自分で好きなトピックに合わせて選ぶことができるもので、私は以下授業を選択しました。

1. Technology and Innovation Strategy

文字通りテクノロジーをどのように企業戦略に落とし込んでいくかというもの。簡単な事例でいうと、新しい技術を製品化するときに、どうやってキャズムを乗り越えていくかというような話をおこなっていく。シミュレーション等を通じ新しい技術への投資バランスを検討したり、テック企業への訪問を行い、いかに競争優位性を作り上げていくかという議論を行ったりと、内容盛りだくさんの授業でした。電機メーカーで働いていた自分としては、過去の経験とリンクする点が非常に多くあり、とても学びの多い授業でした。

 

2. Merger and Acquisition, Alliance and Corporate Strategy

簡単に言えば全社戦略。企業トップの視点から、どのように成長や拡大をしていくのか、その手段としてのM&Aやアライアンスについて、どのような視点で分析を行い意思決定をしていくのかという授業でした。ケースを中心とした議論で、特にM&Aの実務経験がない私にとってはかなりハードな内容でしたが、それ見合いにラーニングカーブはすさまじいものがあり、知識習得という面で非常にメリットのある授業でした。加えてM&AアドバイザリーやPEファンドといったゲストスピーカーによる講義は、今まで自分が経験してこなかったような分野への興味を広げてくれたという点ではエポックメイキング的な授業になったかもしれません。

 

3. New Business Ventures

一言で言えば、「起業家養成塾」。アントレに関心はあるがまだやったことがないという学生を対象に、起業において起こりうるトピック(アイディアをどうするか、誰と組むか、どうやってファンディングするか、どうやってスケールを拡大していくか)に基づき、毎回そのトピックに基づいたゲストスピーカーを招いて講義をするというもので、最終的には投資家を前に自身のビジネスアイディアをスピーチ(Pitch)するという、非常にユニークな授業でした。ゲストスピーカーというのもこれまた癖のある人が多く、シンガポールでE-commerceを立ち上げた起業家や、インドネシアユニコーン企業に対していち早く投資をしたPEファンド、タイでオンラインゲームをひたすら作り続ける起業家や、挙げ句の果てには日本にテトリスをもたらしたハワイアンに至るまで、多種多様なゲストスピーカーがきました。その中で、起業のマインドセットや改めてキャリアに関する考えを洗練するとても良い機会になったかと思います。

 

4. Strategies for Asia Pacific

アジア太平洋ビジネス戦略、といったところでしょうか。東アジア・東南アジアのマクロ事情を紹介するとともに、どのようにそれらの国々でビジネスを行うべきかという、アジアにキャリアを根ざす気満々の私にとってはとても学びの多い授業でした。教授はハーバードで日本学で博士号を取得したキレキレのドイツ人で、日本語も非常に流暢な人でした(「濡れ落ち葉」という言葉を勉強したのもこの授業笑)。アジアの状況について広く深い理解ができるとともに、それをビジネスの視点で捉えるという、非常に有意義な授業でした。

 

この授業では、2時間かけて日本の状況について講義がなされたのですが、とてもその授業が面白かったので、また別の機会にまとめたいと思います。

 

 

5. Strategies for Product and Service Development

簡単に言えば、今流行りのデザイン思考の授業。INSEADキャンパス内にあるCreative Garageという、デザイン事務所のような教室で行われるこの授業では、デザイン思考を鍛えるための様々なケーススタディや実践を行いました。授業の途中ではフィールドワークにも行き、プロセス改善のための知見を得るなど、非常に体験型の授業だったかと思います。

 

ということで、非常に興味深い選択科目が多く存在する中で、学校から要求されている科目数の1.5倍近くを履修してしまいました。その結果、圧倒的に時間が足りなくなり、コア科目で忙殺していたP1、P2とは違った質の忙しさにかまけておりました。

 

Jakarta Trek

もう一つP3で特筆すべきなのが、ジャカルタへの企業訪問。これは学校のカリキュラムとは関係なく、学生有志によってプログラムされたもので、金曜日と週末を用いた二泊三日、弾丸のツアーでした。とはいっても訪問企業は、インドネシアを代表するテックユニコーン(GoJek、Bukalapak、OVOなど)ばかりで、東南アジアのビジネスを理解するには非常に有意義なTrekでした。

 

③Club活動

P3はキャンパスも移動したこともあり、クラブ活動も別の意味で活発になりました。私はIndustry Clubという、Industry Goods (自動車、機械、化学、半導体など)の分野に特化したClubのアジアキャンパスの代表となり、粛々と活動をしておりました。代表というと聞こえは良いのですが、Club運営に興味があったのが私を含めて3人で、私以外の2人がシンガポールには2ヶ月しか滞在しないということだったので、必然的に私がinitiativeをとることになったという経緯です。とはいっても、学校と学生をつなぐ事務仕事的な内容が多く、企業訪問などのイベントを企画したり、採用活動でやってくる企業向けにCV Bookをまとめたりと、どこぞの企業の回し者的な役割がメインだったと記憶しています。

 

④就職活動

アジアキャンパスに早めに移動することになった一つの理由として、就職活動を早めにスタートさせたいというものがありました。その想いのとおり、フランスにいる時以上に色々と企業を見て回ったかと思います。就職活動は次のPeriodから本格的にスタートするのですが、それでも企業のコーヒーチャットに参加したり、面接対策のセミナーに出たり、同級生と面接の練習をしたりと、ほとんど週末はこうしたアクティビティで埋まっていたような気がします。

 

⑤気がつけばアジアを中心としたネットワーキング

フランスのinclusiveな雰囲気とは異なり、シンガポールキャンパスはネットワーキングに対して良くも悪くもドライな感じを受けます。特にこの時期は、シンガポールキャンパスは(a)アジアでキャリアを考えており、早々に就職活動に動いている学生と、(b)アジアでのキャリアは考えておらず、とにかくアジアを楽しみたい学生 の大きく2パターンに分かれていて、キャンパスにおいても完全に学生の繋がり方が二分化されていたような気がします。(a)で多いのはアジア系の学生であり、気がつけば私もそうした学生と情報交換をしたり、議論したりなど交流を深めていったと記憶しています。

 

そして、中国の旧正月もあったこともあり、気がつけばキャンパスとChinaTownを行き来する毎日が繰り返されておりました笑 中国語を喋れることもありシンガポールでは受けが良く、イベントやパーティの誘いも、基本的に中国人枠として参加していました笑

 

⑥家族:日本で拾ったインフルで一家撃沈→シンガポールの温暖な気候に一家ハッピー

シンガポールに来て早々、日本一時帰国時にもらって来たであろうインフルエンザに妻が発症、それが娘に移り、ということで、最初の二週間は現地生活立ち上げと家族の看病、そして授業という、シンガポール版「三本の矢」を被弾し、大変なスタートを切っておりました。ただ、一旦生活が落ち着いてくると、シンガポールの快適すぎる生活環境に一家一同大幸せを享受しております。妻はシンガポール名物海南鶏飯に感動しながら自身の修士プログラムで神経科学について学び、娘はやっと一人で歩けるようになったのでシンガポールの緑豊かな街並みを颯爽と歩き、シンガポールライフを満喫しているように見えます。特にシンガポールに移ってからは、よく学校に子供を連れて行くようになり、学校で会う人々から、「今日もお前の子供にあった」と挨拶がわりにコメントされるような、そんな生活を過ごしておりました。

 

ということで、授業+課外活動+就職活動+ネットワーキングで分刻みのスケジューリングで動き、夜帰って娘を寝かしつけて自分も寝落ち、朝早く起きてその日の事前準備を行い、週末はJakarta行ったりセミナー出たりというライフサイクルを2ヶ月間続けてきた、というのが1月2月のサマリと言えるでしょう。

 

フランスでは良くも悪くも現実から少し離れていたような気がしていたのですが、シンガポールに来てからは、自分のやりたいことと自分のやっていることがしっかりとマッチしている、そんな手応えを感じています。これはひとえに、INSEADがアジアにキャンパスがあるからということも言えますが、何よりもP3に入って学生生活の質がまた一段と変わったということも影響しているのかもしれません。

 

P4に向けて、これから10日間近くの休みになるわけですが、休みの期間中は引き続き就活に向けた準備を行うとともに、自分が企画したJapan Trekで現地での引率を行うべく、また一週間ほど日本に滞在する予定です。時間が許す限りトピック別にP3での学びを綴っていきたいと思います。

 

では、では

1月7日 〜P3授業初日〜

今日はシンガポールでの授業初日。といってもまだシンガポールには昨日到着したばかりで、空港に隣接するホテルから出発し、今回シンガポールにて滞在する住居まで移動し、入居手続きを済ませてからになる。
 
正午にシンガポールキャンパスに到着。キャンパスはフォンテーヌブローとは異なり、学校というよりかはオフィスビルのような作り。フォンテーヌブローは二階建てで、広い森の中に平屋のように広々とキャンパスがあったが、シンガポールは高層ビルのような形でフォンテーヌブローとは雰囲気も異なっている。
 
正午にはシンガポールキャンパスに今回のピリオドで移動してきた学生向けへのキャンパス説明会。三週間近くのブレイクを経てシンガポールで合流することもあり、それぞれの再会を喜ぶような形に。日本に帰っていたからわかるけどやはりこの学生の雰囲気は本当になかなかない良いものだと思う。終了後にキャンパスの外で友人と昼食。米中貿易戦争について中国人と意見を交わす。
 
午後はM&A/Alliance/Corporate Strategyの授業。このピリオドから選択科目が始まり、これはStrategy科目のうちの一つに当たる。内容は日本語訳がそのまま似合う「コーポレート戦略」。全社としてどのような事業を、どのような形で持つのか、そしてどのようにシナジーを起こすのかについて。1回目の授業はイギリスの銀行のケースを用いて、M&Aによるシェア拡大か、多角化による海外進出かなどの選択肢についてQualitativeな観点で議論。
 
夜は住居に戻って生活の立ち上げ。シンガポールはフォンテーヌブローと比べて大都会で、徒歩圏内に色々なショッピングモールが並ぶのは本当に便利なところ。
 
では、では

シンガポール!

ということで、三週間近くのP2P3のブレイクを終え、7日より始まるP3に向けシンガポールに到着しました。以前はヨーロッパということもあり事前にかなり意気込んで準備していったのですが、今回は馴染みのあるアジアということもあり、あまり準備に気合が入らず笑 

 

フライトが夜遅くにチャンギ空港着ということもあり、空港近辺のホテルで一泊することにしました。

 

シンガポールに来て毎回思うのが、ここもとてつもなくダイバーシティな社会だということ。中華系がマジョリティではありますが、それでもそれぞれのエスニシティを尊重するような文化になっているような気がします。あと中華系といっても、南方(客家や福建)系の人が多いかなという印象。中国に慣れてくるとわかるのですが、中国と一言で言っても、体格や容貌、喋り方などはその人の出身によって違いが出て来ます。ここはその中でも南方系(と言っても言語化できないのが悩み)が多いので、個人的には親しみがわきます笑

 

では、では

「MBA不要論」について考えてみた②

前回の「MBA不要論」について考えてみた①からほぼ一年近くが経ちました。現在絶賛プログラム進行中ですが、もう一度この問いについて考えてみたいと思います。

dajili.hatenablog.com

 

なぜこのタイミングなのか。というのも、以下記事を見つけたからです。

www.fastgrow.jp

 

三谷宏治氏といえば、BCGやアクセンチュアなどのコンサルティング分野で経験を積んだのち、日本の経営大学院等で教鞭をとる方であり、「ビジネスモデル全史」などの有名なビジネス書の著者でもあります。INSEAD卒業生ということもあり、勝手に親近感を抱いているのですが笑、結構この方の本を読んで「きちんと経営を勉強したい」と志したところもあります。

 

その三谷宏治氏のインタビュー記事が上記のリンクなのですが、コメントが非常に示唆的でとても興味深いです。三谷宏治氏の指摘に従えば、「日本企業で普通に働く場合には」「学位として必要かといったら」「ほとんど必要ない」だそう。そして、「MBA取得には明確な目的意識が必要」と述べています。

 

なぜそう言い切れるのかというと、これも三谷氏が指摘しているのですが、MBAはものすごく広く浅い学問であり、マーケティング、人事、生産、財務といった異なる分野を1年や2年でさらっと学ぶものです。このため、MBAでは経営全体を俯瞰するという視点を得ることはできても、上記のいずれかの分野の専門性を極めて行く、というようなことにはなり得ません。現代では人材の流動性が高まり、それぞれの分野でキャリアを積み、専門性を磨き上げてきた人が人材として評価されつつある中、そんな広く浅く上澄みの部分を見るだけで果たして足りるのか?という批判があっても然るべきかと思います。

 

そしてもう一つが「MBAには明確な目的意識が必要」という点。三谷氏は「日本人の多くは、『このままでは将来つぶしが効かない』という漠然とした不安感でMBAに行く」と指摘、海外の留学生と比べ目的意識が低いと嘆きます。確かに、巷のビジネス書コーナーでも「知らないと恥をかく」「ビジネスパーソンとして知ってておきたい」といったような本が並び、不安解消型マーケティングに基づくビジネススキル習得の促進がなされています。MBAもなんとなくその延長線上に置かれ、「MBAとっておかないとまずい」というような形で考える人もいなくはなさそうです。

 

ただこの視点、私はこの意味を全く逆に捉えました。三谷氏の指摘のネガティブな点を強調してようやくすれば、「MBAは広く浅くの学問であり、目的意識がなく修得するのであれば、日本企業で普通に働く分にはほとんど必要ない」ということになります。ただこれは逆に言えば、「目的意識をもって、経営全体を俯瞰するためにMBAに行くのであれば、日本企業で普通でない働き方になる」というものです。

 

「経営全体の俯瞰」という意味では、まさにP1P2で感じてきたことです。コア科目ではありましたが、二つの意味で大きな学びがあったかなと振り返ります。一つ目に、三谷氏の指摘する「鳥瞰」の観点。私は以前海外営業、かっこよく言えばマーケティングの仕事に付いていたわけなのですが、マーケ、戦略、ビジネスエコノミクス、組織行動などを広く浅くやっていると、自分の今までの視点が経営の中でも末節の側に位置していたなと痛感します。担当者目線では、ある市場のある製品における、一つの視点のみでしか物事を捉えきれませんから、どうしても見えるものが限られてしまいます。ただ今のように全体をバランスよくみていると、今まで自分が実務の中で抱いてきた疑問、特に全体方針と自分がやっていることのギャップや、組織に対する不満が思い出され、「ああ、あの時はこういうことだったのか」と振り返ることがしばしばありました。そうした過去との対話を元に、徐々に経営における「鳥の目(=全体を俯瞰する視点)」と「虫の目(それぞれの分野に着目する視点)」とが明確に区別されるようになってきた、そんな気がしてきています。

 

そしてもう一つ目は、異なる分野の有機的なつながりです。財務やマーケティング、組織など、一見すると関係ない分野に見えてくるこれらが、あるところで繋がるところがあります。例えば、管理会計で出てきた問題点というのが、実は組織行動論でも問題になってくるとか、マーケティングの考え方をどんどん発展させて行くと、ビジネスエコノミクスで学んだ理論に近づいてくる、などが挙げられます。INSEADのコア科目はそういう意味ではとてもうまく作られていて、そうした異なる分野での「有機的な連鎖」をうまく起こすように設計されているような気がします。それはINSEADの教授陣が、学生が受講する異なる科目の授業において、どのようなケースが扱われどのような議論がなされているのかに付いてきちんと情報を共有していて、例えばマーケティングの教授が、「君たちはファイナンスでこの視点についてこのケースを元に勉強したけど、マーケティングの観点で行くとこれは〜」というようなシーンが多く見受けられるわけです。この中で、否が応でもこうした異なる科目のつながりを意識することができます。

 

この、経営全体の俯瞰というのはとても勉強になりますが、だからと言ってそれがすぐに活用できるわけではありません。なぜなら、こうした視点を持つ人材が一番活きる場所というのは、大きな組織において、組織の方向性を決めるような重大なポジションだと容易に想像できますが、MBAを卒業した20代後半から30代前半のビジネスパーソンが、そんな全体を俯瞰するようなポジションで仕事につけるわけがないからです笑 これは当たり前と言えば当たり前のことなのですが、学生の中には結構ここを忘れてしまうために、外部からは「目的意識がない」と思われてしまうようです。

 

そこで大事なのが割り切りかなと思います。今習得している知識というのはすぐには活用できないものであることを理解したうえで、この経験を自分の仕事人生のどこでどのように活用するのか、しっかりとイメージを持って取り組む、これが三谷氏の言う所の「目的意識」なんじゃないかなと。そうした考え方に違和感を持つ、すなわち喫緊のビジネススキル向上のための劇薬が欲しいということであれば、それはそれでMBAは不要ですし、メタな認知に浸かりたい、ということであればMBAはとても良い環境なんじゃないかと。

 

まあ詰まる所、MBA不要論に対する議論というのは、楠木建氏がいうところの「好きなようにしてください」という言葉に終始するんでしょうね笑

 

では、では

海外MBAでダイバーシティについて考える

現在世界でもトップクラスの海外学生比率(97%)を占めるINSEADにて勉学に励んでいるのですが、ここで考えてしまうのがダイバーシティについてです。

 

ダイバーシティ(Diversity)という言葉は、日本社会でも取り上げられるほどポピュラーな言葉となってきました。「組織にもダイバーシティを持たせよう」「ダイバーシティ社会の実現に」なんていうフレーズが飛び交ってきたのも最近のことです。

 

ビジネススクールにおいては、特に欧州の学校で強みとして取り上げられています。大きな理由として、アメリカのビジネススクールと比較して(アメリカではアメリカ学生の比率が高いと言われています)、留学生比率が高い、また留学生の出身が多岐にわたっているということで、アメリカにない特徴としてあげているようです。

 

確かに、現在プログラムの前半部分を終えて感じるのは、INSEADが持つとてつもないダイバーシティの環境です。グループワークでは、国籍(イギリス、アメリカ、ザンビア、トルコ、日本)や職歴(コンサル、金融、エンジニア、社会起業家、マーケ)ともに全く異なるバックグラウンドの人たちと議論をしなければなりません。お互いに自己主張が強く、また各分野での経験もあることから、議論を一つにまとめるだけでも一苦労です。

 

またセクション(コア授業を共に受けるクラスのようなもの)では、それぞれが各自の経験や出身国の事情について発言します。このため、「このケースでは◯◯だ。だが私の国ではこれは通用しない、なぜなら△△〜」「**(国名、都市名)では、この事例と似ている例が##だ」と行ったようなコメントが飛び交います。加えて英語のアクセントも、それぞれ異なる訛り(インド、ブリティッシュは聞き辛い笑)が飛び交うので、とても刺激的な授業となっています。

 

こうして、半ば人工的に作られた「最高クラスの多様性空間」にいたわけなのですが、ここで考えてしまうのは、「ダイバーシティってなんだろう?」という素朴な疑問です。この社会的な時流として「ダイバーシティは良い」という考え方が流布しており、我々は得てして半ば当然のようにこの価値判断基準を受け入れているような気がします。しかし、そもそもこの考え方っていうのはなんなんだろう?どうしてこんな考え方が出てきたんだろう?と疑問が湧いてきたためです。

 

というのはなぜなら、このダイバーシティ空間が決して心地良い環境とは言えないからです。だってグループワークは意見が合わず議論が飛散することもあるし、セクションでは学生同士で「いやいやその考え違うっしょ」という議論バトルが勃発することもしばしば。決して快適な空間とは言えません。皆が賞賛するような「ダイバーシティは良い」という価値判断からはかけ離れた環境であって、いわばカオスのような状況なわけです。

 

 

じゃあダイバーシティはどういうメリットがあるのか?それは言い換えると、「多様な国籍・バックグラウンド・価値基準を認めれば」、何かプラスになることが起きるということになります。例えば何かを作り出す組織であればイノベーションが促進されるとか、より効率的に物事が進むとか、そういったことなのでしょうか。

 

ただ、ここまで考えると、果たしてそうなのか?と思ってしまいます。上記から言えば、究極のダイバーシティ空間というのはカオスですので、議論は飛散し、イノベーションが促進されたり効率的になったりといったダイバーシティのご利益をまるで感じません笑 

 

ところが、どうやらダイバーシティは組織の運営に良いということが科学的に証明されているようです。経営学者による組織開発の研究が進んでいて、しっかりとマネジメントされたダイバーシティ組織では、他のどの組織よりもイノベーションが促進される、ということが多くの研究で主張されているようです。つまり、どうやらこのカオスな状況に何かブレイクスルーがあるらしい、ということをこれは示唆しているわけです。

 

このカオスな環境について考えてみましょう。どうしてダイバーシティな環境というのは、こうも不快なのか?これをたどってみると、やはり自分の価値基準とは離れた価値基準となります。すなわち、自分が慣れ親しんだ価値基準ではない何かがそこにあって、そこから時折自分が培ってきた考え方を全否定するような考え方が真っ向勝負を仕掛けてくる、そんな状況なわけです。ただ、それが良いというわけですね。そこに組織を促す何かがあると。つまり、自分の考え方と、自分とはかけ離れた考え方とをうまく組み合わせることで、何か今まで考えることができなかったブレークスルーが生み出される、というところでしょうか。

 

ただ、これってとても難しい。なぜなら、自分の考え方は、自分が納得が行くものだからこそ発展してきたものです。自分に合わない考え方は吸収せず、どんどん排除していく傾向にあるもので、そうした自分に合わない考え方とぶつかった際には、受け入れられないと思うのが世の常です。ただ、そうではいけない、ちゃんと吸収しないといけないというのが上記で言うところの「しっかりとマネジメント」するということなのでしょうか。

 

そうした観点では、このカオスに慣れること、この不快な環境が「ダイバーシティは良い」の根源ということなのでしょう。非常に逆説的ですが、人々が不快に感じれば感じるほど、それは良い状態である、ということになります。

 

ここで、もう一つの疑問が浮上します。人々が不快な気分をすることでダイバーシティの良さが発揮されるのであれば、そもそも「ダイバーシティは良い」という考え方は果たして良いものなのか、なぜそこまでダイバーシティにこだわるのか、というものです。トートロジー的な疑問になってしまうのですが、言い換えればこの問いは次のようになります。

 

ダイバーシティは良い」という考え方を貫こうとすると、「ダイバーシティというカオスな環境」は避けられない、それはとても不快な環境です。ではその不快な環境を受け入れてでも、「ダイバーシティは良い」という考えに固執してメリットはあるのか?ということになります。

 

この問いに答えるために、ここで問題になっている環境とは反対の場合を考えてみましょう。すなわち、皆が単一的な考えを持ち、人々にとってとても心理的プレッシャーの少ない、快適な環境です。この環境の方が暮らしやすいんじゃないのか?と正直思ってしまいます。

 

ここで思い出されるのが、J・S・ミルの『自由論』です。この本では、多数者の専制という言葉を用いて現在の民主主義、ひいては組織について注意を促しています。この概念においては、民主主義の社会では、得票数などによって自他共に承認される「多数派」が、自分たちの意見を「真理」と見なしてしまうことで、意見の異なる人たちに対して、不寛容になる傾向がある、といいます。そしてこの傾向が続くと、多数派ではない意見を持つ人々は非難され、活躍の場を与えられなくなってしまう。そして、もしそうした少数派の中に、世界を変えるような独創的な意見や着想を持つ人がいたとしても、そうした考えが抑圧されてしまうために、社会の停滞につながってしまう、という点に警鐘を鳴らしています。

自由論 (光文社古典新訳文庫)

自由論 (光文社古典新訳文庫)

 

 

 

つまり、「皆が単一的な考えを持つ環境では社会の停滞に繋がる」ということがここでは言えそうです。単線的な進歩観で物事を考えるのも如何なものか、という疑問は残りますが、とりあえずここではそういうこととして受け止めたいと思います。ということは、やはり「単一的な考えを持つ環境はよくない」という消去法が成立します。すなわち、「ダイバーシティはよくない」という考えは否定されるので、「ダイバーシティは良い」と言わざるを得ない、という感じになるのでしょうか。

 

随分と回りくどく進めてきましたが、ここでわかってきたのは、どうやら我々はこのカオスを受け入れる他ないようです。ダイバーシティ環境を不快に感じるのは、それはダイバーシティ環境がダイバーシティ環境たり得ている証拠であるわけです。それを不快に思うことなく、むしろそれに耐えうるレジリエンスを持つことが大事、ということなのでしょうか。

 

では、では