読書リレー(28) 本田哲也「戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則」

 

 

PRについて書かれた本。PR(Public Relation)というと日本ではあまり馴染みがない分野なのですが、海外では非常にポピュラーな考え方です。私も勉強不足のところもあったのだが、この本はPRのことについて知るという点においてはかなり優れた本に位置付けれらるのではないかなと思います。

 

この本のメッセージは何よりも「PRにとっては6つの考え方が有効!」というものと、「日本はPRで遅れをとっているものの、やり方次第では大きく改善できる!」という二つのもの。それを元に論を展開していくのだが、世界を含めたPR業界の説明も含まれているし、そもそもPRって?というところから説明をしてくれているので、私のような門外漢でも十分にわかる内容となっています。

 

PRの考えの背景には、「買う理由を考える」というものがあるようです。

 

今や様々なフィールドでありとあらゆる商品・サービスが存在している中、良い商品を作っているだけでは人々の購買意欲を高めることには繋がらないわけです。商品ではなく、「どうしてそれを買わなければならないのか?」という点からのアプローチ、すなわち「買う理由」を考え・刺激し・高めていかなければならない、というのです。

 

この本の中でも取り上げられているのですが、クルマが一番良い例です。乗用車は年々新しい車種が投入され、新しい技術やデザインなどが続々世に生み出されているわけですが、「良いクルマ」という考え方は時代によって変わっていくのだというのです。1990年代はいかついボディーの、いかにもスポーティーなクルマが良いとされていました。それが2000年代に入り、家族でのレジャー需要が益々高まってきた社会的背景を受けて、ワゴン車のような「いかにコンパクトにかつ多くの人を載せられるか」が良い車の象徴とされてきました。ところがこの潮流も変わってきて、今はエコカーこそが「良い車」というイメージが定着しつつあります。この他、洗剤(驚きの白さ→除菌へ)やアイドル(「遠くの憧れの存在」→「会いに行ける身近な存在」)など、こうした「良い○○」の変遷は枚挙にいとまがありません。

 

こうしたことは、自然発生的に起きることもありますが、情報の展開によっては、人の手によって生み出すこともできます。「いい〇〇」の再定義を行い、新しい「買う理由」を生み出すこと。本書ではそれを「属性配置転換」という言葉で表現していますが、これを意図的に起こす方法論こそが、PRであると本書では説明しています。

 

ここまで聞くと、「これは単に、ある商品を買わせたいがために企業が仕掛ける情報操作だ」というようにとらえる方もいらっしゃるかと思います。実は私もそう思っています笑。ですが本書ではこのPRの対象について明確な定義をしています。PRの対象として一番マッチするのは、「なかなか変わらない定着した習慣や思い込みによる行動」だと言います。これはすなわち、ニーズはあるけれども、社会がそれに気づいていないもの(=潜在的ニーズ)を顕在化させる、もしくは、可視化されたニーズはあるが人々が関わろうとしないもの(=不関与のもの)を関与させていく、というアプローチです。また潜在→顕在、不関与→関与のどちらも取るというものもあると言います。すなわち、あからさまに何もないところからニーズを生み出すのはそれこそ難しいわけで、「火のないところに煙は立たない」というか、眠っているニーズを掘り起こすことこそがPRの仕事である、ということになります。

 

かなり要約に近い内容になってきましたが、ここで止めておきたいと思います。実はこの本はさらに続いていて、ではそのPRの手法として具体的に6つの手法が説明されています。これについては本書を読んでいただくとものすごく豊富に織り込まれた具体例とともに、非常にわかりやすく説明がされていますので、ぜひ一読をお勧めします。

 

よく、日本企業は「技術で勝ってもビジネスで負けている」と言われています。この認識自体もそろそろ限界がきており、「技術もビジネスも負けている」という状態になりつつあるのですが、ともかく「ビジネスで負けている」という状況自体は変わっていません。その一つの視点として、日本はPRが不足しているのではないか?というのがこの本の根本の問題意識であると思います。

 

確かに、この本の言う通り、日本は外へアピールする力・発信する力がとても弱く、それで負けを見るケースがあるのも事実です。これは同調性・協調性を重んじ個性を外に表出することを避ける日本社会の文化がもたらしたマイナスの効果だと言えなくもないのですが、日本社会でなされるハイコンテキストなコミュニケーション方法を海外にも持ち込もうとする傾向があるようです。このため、「良いものを使えば伝わるはずだ」という、言葉なしでもコミュニケーションが成立する、「阿吽の呼吸」がグローバルスタンダードであると言う誤認識をしてしまっているのかもしれません。

 

しかし、このPRの弱さが「文化的背景」に由来するとすれば、そう簡単に日本人がPRをうまく活用し、社会・世界を変えるという行動を起こすトップランナーとして台頭ができるのか、疑問が残ります。そもそもPRと言うのは、「自分を発信する」という背景から生み出されたわけであり、「ローコンテキスト」な文化に所属する人たちが、普段から行なっている自分のoutput/発信の効率をいかに高めるかという形で発展していったものであると考えることができます。このため、そもそも文化的背景が異なる日本人がPRの考え方が馴染みにくいのはある種当たり前なのではないでしょうか?これはまるで、海に面していない内陸国・内陸の地方から水泳競技選手を出すようなことと同じで、相当な難易度が想定されます。

 

確かに方法論としては面白そうなのですが、それを日本でいざ実践するとどうなるんだろう?できるのか?と、この本を読みながら思ってしまいました。この本自体は内容がとても素晴らしいのですが、それの実践と言うのは、なかなか難しいのかもしれませんね。

 

では、では