藤岡 淳一『「ハードウェアのシリコンバレー深セン」に学ぶ−これからの製造のトレンドとエコシステム』〜読書リレー(71)〜

 深センの今がわかる良書です。

 

日本のメーカーの勤務を経て、深センで起業した著者による、深センの「過去」から「いま」に至るまでの、生々しいレポートです。この本では、10年以上にわたる現地での経験をベースに、深センの街の変化や、深センでビジネスをするうえでの注意点などが、実体験をベースにリアルに描かれており、中国ビジネスをする上でとても参考になる一冊です。

 

深センといえば、数十年前までは漁村でしかなかった場所ですが、委託生産を中心に飛躍的な発展を遂げ、今ではハードウエアのシリコンバレーと呼ばれるほど、大きな成長を遂げることになりました。今や、DJI(ドローン)やTencent(IT)などの中国発のテック企業がひしめきあい、さらなるイノベーションを生んでいます。

 

私も2010年に深センに滞在後、出張ベースで何度も訪れていますが、いくたびに深センの変化を感じ取ることができました。2010年に私が初めて深センに行った時、その時でもかなり発展を遂げていた方ですが、それでも今とは明らかに印象が異なります。最初に深センに行った時は、香港空港到着後乗り合いバスで中国のイミグレを通るのですが、洗練された香港のイミグレを出た瞬間、砂塵が飛び荒涼としたという形容詞がまさにぴったり合うような霞んだビルが見えてくる。それが私の最初の深センの印象でした。今のイメージは全く異なっていて、福田区や南山区などのオフィス街は、中国位置と思えるくらい洗練された未来都市のような様相を呈しています。

 

私は仕事の関係上、他の都市にも何度も足を運んだのですが、深センの何よりの特徴が、「何色にも染まっていない」という点です。他の都市、例えば私が住む上海や、北京と行った年では、歴史があり、古くからそこに居住する人々がアイデンティティを持っているというケースが多いです。そのためどの都市もそれぞれの特徴というか、文化的な違い、言い換えれば「色」が付いているような印象を受けます。しかし深センは、急速に発展したために、もともと深セン出身の人は少なく、他の省から移り住んできた人がほとんどなわけです。このため、どの文化にも属さず、ある種のクリーンさがあります。

 

そして、そこに住む人々はハングリー精神に満ちています。深センには、新しいチャンスを求めて移住してきた人が大半であり、都市自体がとても若々しく、エネルギーに満ち満ちています。こうした背景が、現在の深センを作り上げていると行っても過言ではないと思います。

 

 

興味深いのが、このような比較的若い深センという都市が、時代の流れ、社会の流れとともに、その地位を再定義続け、進化し続けているところにあると思います。最初は生産委託で始まった深センですが、人件費の高騰やIoTという技術トレンドによりハードウエアの生産だけでは差別化を図れなくなってきていました。そうしたところで、「世界の工場」という自身のアイデンティティを見直し、現在のスタートアップが興隆する「ハードウエアのシリコンバレー」にまで変貌を遂げたのです。もちろん、生産委託で培った電子部品のロジスティクスの発展など、そこに至るまでの経路依存性はあるのですが、あらかじめビジョンがなければそうしたところまでたどり着かなかったのではと感じてしまいます。

 

人も街も、時代によってアイデンティティを変えていく必要がある、そんなことを考えさせてくれるのが深センです。日本ではなかなかないタイプの都市ですね。

 

では、では