辻井啓作『小さな会社・お店のための値上げの技術』〜読書リレー(121)〜

 

小さな会社・お店のための 値上げの技術

小さな会社・お店のための 値上げの技術

 

 

Kindle Unlimitedで読み放題対象になっていた本です。中小企業向けに、値上げをすることの意義とその実践について説明がなされています。本自体は非常に実践的なものであり、もしもこの本の対象とするような、中小企業の価格決定者がこの本を読んだら、明日から実践できるようなテクニックや考え方がかなり詰まっており、Kindle Unlimitedの中では非常に読む価値の高い本となっています。

 

私も同様に値付けの仕事に携わっているので、本を読みながら「これあるある」と思っていたのですが、一番共感したのが、「下げることが価格じゃない」というものです。仮に自分が販売する側に立ったとして、売上を上げる一番の近道というのは「値下げ」だと思います。しかしながら、この値下げには様々なリスクをはらんでいます。

 

①経路依存性

聞きなれない言葉かと思いますが、私の好きなワードです。簡単にいえば、過去にした決定が将来的に影響を及ぼしてくる性質のことを表しています。例えばですが、よく日本のコンビニでは、「おにぎり1つ100円」というセールを定期的にやっていると思います。これをすると短期的には売上に直結しますが、長期的には効果がないと私は考えています。何故ならば消費者は、セールがやっていない時におにぎりを買おうとすると、「これって過去に100円で売られていたやつだよな。なんかセールじゃないとお得感ないから、今は買いたくないな」という、セールというある種の「特殊状態」と「定常状態」を比較してしまい、もはやセール前の一般価格では買えない(もしくは、デモチベートされる)ことにつながってしまいます。このように価格というのは一度下がってしまうと、なかなか上げることが難しいのです。

 

②自身のブランドに対する攻撃

不用意な値下げは、自身のブランドを損なうかもしれません。これも本書で紹介されているのですが、むやみに値下げしてしまうと、消費者に対しては「あ、なんだ、この製品はこの価格でも大丈夫なんだ」というある種の落胆も生み出してしまいます。これがブランドを損なってしまうことにつながりかねないのです。

 

日本人はあまり値上げの発想がありません。むしろ、失われた20年の中で不況しか経験してこなかったわけですから、値段を下げることこそが競争力の要という認識が蔓延してしまっているのかもしれません。少し古い例えですが、かつて吉野家松屋すき家三者が牛丼価格戦争を仕掛けたことがありました。

 

しかし、それがかならずしも経営にとってよかったかというとそうでもありません。牛丼価格戦争では三社とも痛みを伴っていますし、値下げをしたからといって経営状態がよくなるとは限らないのです。この本では、むしろ値下げをすることで悪くなるといっています。これでは、消費者はよくても、売り手は悲鳴をあげてしまいます。

 

また、最近よく議題とされる「生産性」についても、「価格設定」がかなり重要な影響を及ぼしていると言われています。デービッド・アトキンソン氏も、東洋経済のコラムで、「日本人は良い品を安く提供しすぎたために、生産性が落ちていた」と指摘します。ここで言われている生産性というのは、アウトプットを労働力で割ったもの、という単純な考え方ですので、生産され販売された値段が安いと、アウトプットは低くなります。この点に着目し、価格と生産性の関係性を解いたのです。

 

そして何より、日本の企業はこの「価格」を、ほとんど軽視しているのではないか、と思います。本屋に行けば「営業スキル」や「マーケティング」といった本は所狭しと並んでいるのに、なぜか「価格戦略」はそこまで注目されていません。「良いものを作ったらお客は必ず答えてくれる」という考えが根底にあるのかもしれませんが、この本は、そうした価格戦略の重要性を改めて考えさせてくれます。ビジネスパーソンは、今このタイミングで価格について見直さないと行けないのかもしれません。

 

では、では