マルサス『人口論』〜読書リレー(86)〜

 

人口論 (光文社古典新訳文庫)

人口論 (光文社古典新訳文庫)

 

 非常に有名なマルサス人口論ですが、恥ずかしい哉、まだしっかりと呼んでいませんでした。少子高齢化や人口減、開発途上国の成長などなど、多くの書籍でこの本の論旨が引用されすぎていて、その理論自体は頭に入っていました。しかしながら、一度として全体を通しで読んだことはなく、一部分をかいつまんでいただけにすぎませんでした。逆に、なぜここまで多くの人に引用されているのか?この本が多くの人に愛されているのか?本書の内容そのもの以外にも、そういった好奇心が芽生えてきたのが最近です。こうして、Kindle Unlimitedも相まって、読んで見ました。

 

まず、なぜこの本が多くの人に引用され、現代でも生きているのか?この問いから答えるとすれば、そのシンプルさだと言えるでしょう。内容は分厚いですが、結局マルサスの理論は以下の一言に集約されます。

 

「人口は等比級数的に増加する一方で、生活物資は等差級数的にしか増加しない。」

 

この本の解説にも書かれていますが、(この解説は非常にわかりやすいので、とても重宝します)「このおもしろさとわかりやすさは、著者の手持ち資料の少なさと、それでもあえて言いたいことを言い切る剛胆さによる。」としています。通常、こう言った本の場合には、その論旨の立証のために、莫大な実証的研究が求められます。これをやり抜いたのがトマ・ピケティ氏による『21世紀の資本』だったわけです。彼は、「r>g」(資本利益率の方が経済成長率よりも高い)という単純な不等式を説明したいがために、古今東西ありとあらゆるデータを集め実証しました。

21世紀の資本

21世紀の資本

 

 

一方で、この人口論自体には、特にその論証の作業が完全であるとは言い切れないのです。等差級数・等比級数という非常にシンプルな数学の公式を当てはめていますが、これを立証するための論拠にかけるわけです。

 

しかし、この主張がシンプルなため、また一見すると正しそうに見えるために、多くの人を引きつけている。この思い切りの良さが認めらえているのかもしれません。今の時代だったら、「ファクトを提示せよ!」と、学会諸々から大目玉を食いそうですが、この時代だからこそ、そうしたものにはまだ寛容だったのかもしれません。

 

そして、この主張をベースに、マルサスの各論理展開がされていきます。すなわち、人口は生活物資の制約を受けるのですが、それぞれの増加のスピードは異なるために、自然の法則に伴ってバランスを取ろうとする、と言うのです。人口が多くなれば、すなわち生活物資の影響を受けて抑制される。抑制されると食料が余剰となり、また人口増加に転じる。これの繰り返しだと言うのです。

 

マルサスは、この自然の法則が、「逆らえないもの」と捉えていたために、バランスを取らなければならないと考えていたようです。このため、貧しいものの救済には反対の立場を取っています。なぜなら、救済をすると人口増加につながるため、生活物資と人口にアンバランスが生じ、多くの人が却って貧困に苦しむことになる、としているからです。この本でも、イギリスで施行された救済法に対する批判が論じられています。

 

これが、いわゆるマルサス主義と呼ばれ、共産主義社会主義から批判されている点になります。なぜなら、こうした考え方は転じて、格差の放置につながるからです。しかし、マルサス主義は、数年前に流行した新自由主義の原理に近いともいえます。生活保護の費用を引き下げ、また派遣労働者を平気で切り捨てる論理につながっているのであり、貧困は貧困のままで放置されてしまったと言うことにつながっているのです。

 

何れにしても、この本に一貫する前提条件である、「人口は等比級数的に増加する一方で、生活物資は等差級数的にしか増加しない。」と言う点は、依然色褪せず多くの人に愛される論理となっているようです。誰かマルサスのこの論理を、ピケティみたく圧倒的な実証研究で証明してくれないかな、と思ったのでした。

 

では、では