愛するが故の拒絶ー中野信子「シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感」

人は何かを愛する故に、何かを拒んでしまう…

この不思議な特性を、生物学的なメカニズムで捉えた本です。

 

 

 

人間のホルモン分泌に着目し、社会にはびこる「他人を引き摺り下ろす快感」すなわち「シャーデンフロイデ」についてまとめたのがこの本です。

 

この本によると、シャーデンフロイデというのは、「誰かが失敗した時に、思わず湧き起こってしまう喜びの感情のこと」だと定義します。そしてそれは、人間本来に備わっっているオキシトシンというホルモンが関係していることを説明しています。

 

オキシトシンは、別名「愛情ホルモン」とされ、出産促進剤としても活用されるホルモンです。女性が出産・授乳することによって多く分泌されることが確認されており、このホルモンが分泌されると、特定のものについて愛情を抱いたり、特別な絆を感じたりすることが明らかになっています。

 

一見するととても良いホルモンのように思えるオキシトシンですが、副次的な効果が確認されています。それがすなわち、「シャーデンフロイデ」だというのです。それはどういうことか。オキシトシンは、誰かとの間に情緒的・特別な感情や絆が生まれるときに役に立つのですが、逆に誰かとの繋がりが切れてしまいそうなときには、このオキシトシンというホルモンが、その引き離しを阻止しようとする行動を促進するのです。

 

これがさらに強まってしまうと、ある特定のグループにおいて秩序を乱そうとする個体に対し、執拗なまでの妨害に出ます。それがさらに激しさを増すと、自分は正しい・相手は間違っている、許せない。グループのために、私はその相手に対してどんなことをしても良い、と感じてしまうようになると言います。(これを本書ではサンクションとよんでいます)こうした行為は、正義感や社会的責任感、倫理観といった価値観が強ければ強いほど引き起こされやすいと説明されています。

 

すなわち、絆が生まれようとすればするほど、人間関係が深くなれば深くなるほど、一旦それを揺るがすような存在が出現すると、それに対して異常なまでの排除・除外の感情がはたらく、というアンビバレントな状況に陥ります。そしてそれは、人間に生物学的に備わっているメカニズムだ、というのが本書の内容な訳です。

 

正直、この本を読んで個人的には衝撃を受けました。人間は、排除や差別を非常に嫌います。学校でのいじめや、社会的弱者に対する擁護、社会的マイノリティの支援などは、こうした排除や差別を嫌うが故の行為だと思います。しかしながら一方で、人間のメカニズムの中に、排除や差別が埋め込まれている、というのです。すなわち、どれだけ人間が差別や社会的排除を無くそうと努力したところで、それらは避けられない、ということになります。

 

また、この人間のメカニズム、というのが、他の社会学的な概念の特徴と非常に一貫している、という点です。例えばナショナリズム。1900年代前半の近代化・帝国主義に伴いナショナリズムが一斉を風靡しましたが、このナショナリズムについても、この「シャーデンフロイデ」を使って解釈することが可能です。一番有名なところでは、ベネディクト・アンダーソンという研究者が執筆した「想像の共同体」という本です。 この本では、ナショナリズムというのが、「出版物によって限定された特定の想像可能なコミュニティにおいて発生する」というメカニズムをといたものですが、これはオキシトシンの特性と非常に酷似しています。オキシトシンの分泌は、先ほど述べた通り女性を中心に分泌されますが、男性でも分泌されます。そして、オキシトシンの特徴として、「他の人に伝播する」そして「考えや連想、記憶などによって活性化される」と言います。すなわち、同じ言語の出版物を「共に読んでいる」という「考え」「連想」がオキシトシンの分泌を促し、それが結果として国単位での集団意識、すなわちナショナリズムにつながるのだと、こう論理一貫性を持った形で説明をすることが可能なわけです。

定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険 2-4)

定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険 2-4)

 

 

特に著者は、日本の社会に対して警鐘を鳴らしています。著者によると、日本社会はこうした生物学的なメカニズムに加え、社会的に集団意識を形成しやすく、それが翻って「シャーデンフロイデ」を生み出しやすい素地を作り出していると警鐘を唱えます。特に日本社会は島国であることに加え、共同作業が必要とする米社会であり、また多くの自然災害を経験してきたことから、日本人はお互いを守ろうとする共同体意識が他の社会よりも強く現れていると言います。それは逆に言えば、排除や差別を容易に生み出しやすいメカニズムを有していると言えなくもないわけです。

 

最近日本社会でそうした「出る杭は打たれる」の傾向が強くなっているような気がします。同調意識が強い共同体の中で、他と違うことをしようとした人たちが続々バッシングを受けるという事態が発生しています。谷本真由美氏はそうした日本社会を「不寛容社会」と形容していますが、最近特にこの傾向が強くなっている印象を受けます。

 

こうした排除や差別の源流に、我々人間の愛情がある…。なんとも考えさられてしまう矛盾です。

 

では、では