だじりブログ

日々の読書から広がる考察

「日本人の読解力が低下している」という嘘

数日前、様々なニュースで日本の読解力低下が叫ばれていた。だが、本当にそうなのか?いや、日本は別に読解力が低下していない。

 

 

1. なぜ読解力低下が叫ばれているのか?

なぜこのタイミングで、日本のメディアがこぞって読解力低下を嘆いたか。事の発端はPISAというテストの結果だ。OECD(経済協力開発機構)が3年おきに実施しているPISA(Programme for International Student Assessment)というテスト。OECD加盟国をメインとした国々の15歳の学生を対象に、「読解力」「科学的リテラシー」「数学的リテラシー」という三項目でテストを行い、その結果を公表している。2018年で行われたテストが今のタイミングで公表されたのだ。その結果が以下である。

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2018年PISAの結果

*1

 

ご覧の通り読解力が15位、数学的リテラシーが6位、科学的リテラシーが5位という結果になった。個人的には非常に健闘していると思うのだが、なぜここまで騒がれたのか。理由は読解力の15位にある。前回2015年の結果が6位だったのに対し、今回15位に急落しているのだ。

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PISA日本順位の推移

*2

 

6位から15位への転落。これだけ見ると、確かにやばい。これに様々なメディアが食いついたのだ。特に新聞社はこぞって社説に「読解力低下にどう歯止めをかけるか」という点にフォーカスを当てている。

 

毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20191205/ddm/005/070/044000c

読売新聞

https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20191203-OYT1T50294/

 

特に、正答率が低かったのは、必要な情報を探したり、自分の考えを説明したりする問題だと、すでに分析がなされている。今回のPISAの結果を受けて、文部科学省が調査のポイントをまとめているのだが、そこにも以下のような記載がある。

 

◆【①情報を探し出す】や【③評価し、熟考する】に関する問題 【2018年調査新規問題】 ある商品について、販売元の企業とオンライン雑誌という異なる立場から発信された複数の課題文か ら必要な情報を探し出したり、それぞれの意図を考えながら、主張や情報の質と信ぴょう性を評価した 上で、自分がどう対処するかを説明したりする問題*3

 

確かに、順位だけ見ると急落しているように見える。この原因について、さらに原因の探求が必要となるだろう。しかしながら、この結果でもって今現在行われている議論の数々は、焦点がずれているというか、的を外しているのものが多い。

2. 読解力低下の理由づけは、理由になっていない

色々なメディアで報じられている、「なぜ日本の読解力が低下したか」という議論は、ほとんどが成立していない。理由が理由として成り立っていないからだ。具体的に、どのような議論が見られたのか、そしてなぜそれが理由として成り立っていないのか、見ていきたい。

 

スマホSNSの普及

一番挙げられているのは、スマホSNSといった普及が、子供のコミュニケーションを阻害しているという点である。実際に、社説の中でも専門家のコメントとして、以下が記載されている。

 

専門家は、低下の原因として、スマートフォンやSNSの普及で子どもの読み書きやコミュニケーションが短文中心になっていることを挙げる。調査では、日本の子どもがゲームやインターネット上で友人らとやりとりするチャットに費やす時間の長さも指摘された。

 一方で、小説や伝記、ルポルタージュ、新聞などまで幅広く読んでいる子どもは読解力が高いことが示された。長文に触れる機会を授業や課外活動で増やしていく工夫が求められる。

 インターネット上にフェイクニュースがあふれ、真実を見抜く力が求められる時代だ。紙かデジタルかにかかわらず、文章を批判的に読み解く力の大切さはますます高まってきている。*4

 

 

 誰もが様々な情報を発信できるインターネット社会では、情報の真偽を見抜く力が求められる。文章の表現力は、実社会で意見や提案を相手に伝える際に欠かせない。こうした力が足りないとすれば深刻な問題だろう。

 スマートフォンの普及により、子供たちのコミュニケーションでは、仲間同士の短文や絵文字のやりとりが中心になった。長い文章をきちんと読み、分かりやすい文章を書く機会が減っている。

 子供を取り巻く言語環境の変化が、今回の読解力低下の一因となっているのではないか。*5

これらの議論は、全く無関係だ。というのも、何もインターネット社会は日本に特有の現象ではない。グローバルに共通な現象である。もしこれが正しいのであれば、日本の相対的な順位はそのままに、グローバル全体で絶対的な点数が下がっているはずだ。 でもそうなっていない。グローバル共通の問題を、日本の固有の問題のように捉えてしまっている。

 

ちなみにPISAの分析では、この理由づけと反対の現象が起きていると指摘する。日本ではインターネットを利用する学生の比率が増えているのは確かなのだが、他の国も同様に、いやむしろ日本よりも早いペースで増加しているのだ。 

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日本とOECDの学生のインターネット使用時間の推移

*6

 

PISAによると、どの国も総じて、1日に4時間以上平日に学校外でインターネットを利用すると、成績に負の影響が出るとされている。そのため、インターネットを使えば使うほど点数が低くなるというのは言えなくはない。ただ、OECDの他の国に比べると、日本はインターネットの利用時間が総じて少ないのである。

 

これの結果を見て、「読解力低下はインターネットによるもの」というのは、必ずしもそうとは言えないのである。

 

②他にやることが増えた

もう一つの視点として、授業時間の他にやらなければならないことが増えたという点である。これで特に指摘されているのが「英語教育」である。

 

 英語教育の重視などで授業時間が増え、子どもも教師もゆとりがない中で、新たな試みをするには難しい問題もあろう。だが、読解力は学力の基本だ。*7 

 

特に、最近発生した英語教育に関する議論と相まって、「英語教育の議論に集中するあまり、日本語という大事な部分が削がれてしまった」というコメントがよく散見される。

 

ただ、よく考えれば、英語教育と読解力には、何にも関係がない。この議論の前提となっているのは、①英語を勉強すると、母国語である日本語での理解力が損なわれてしまう、②英語を勉強すると、母国語である日本語への勉強の時間が少なくなってしまう、というものである。ただ、この二つ共理由になっていない。

 

まず一つ目。英語を勉強すると、母国語である日本語の理解力が損なわれるとも言えない。これを正とすると、そもそも多言語文化を持つ国家であり、読解力でも上位である国家の説明ができなくなる。例えば、シンガポールは英語・中国語のほか、バックグラウンドによってはマレー系の言語を話せる人も存在する。バイリンガル・トライリンガルだからと言って、読解力が低下するとは言い切れないのである。

 

そして二点目。これについては、勉強に費やす時間とパフォーマンスについては相関関係が小さいと結論づけできる。以下のグラフはPISAの分析である。それぞれの国で、勉強にかける時間とPISAのテストの成績をプロットしたものだが、この散布図はばらつきがある。通常二つの指標が相関していると、これらプロットされた位置が固まったり、線状になるのだが、ここまで分散していると、勉強時間とパフォーマンスが相関しているとは言い切れない。

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各国別学習時間と成績の分布

*8

 

3. 読解力が低下しているという嘘

以上見てきた通り、「読解力が低下している」という議論で挙げられる理由は、理由になっていない。そもそも、3年毎の順位の違いで、読解力のレベルが変わったというのは、説明が非常に難しいのである。

 

というか、我々はそもそも論をしなければならない。疑うべきは、順位が急落していることが、読解力が落ちていることが、イコールで結ばれていることである。順位というのは、もちろん相対的に見た位置の違いを表している。しかしその相対的な違いによって、個別の能力が上がった下がったということは言えないのである。

 

まず、ランキング自体の考え方だ。テストの方法として、無作為に抽出された学校からテストを受ける学生が選ばれ、それをもとに平均のスコアが算出される。それには、もちろんばらつきがあるわけだから、有効範囲が設けられているのである。有効範囲はスコアの値で10設けられている。これを適用すると、日本は11位から20位まで動く可能性がある。これはあくまでも日本のばらつきであり、この範囲がすべての国に適用された場合、場合によっては日本は3位になる可能性もあるのである。こんなばらつきの多いランキングの順位に一喜一憂していても、あまり意味がないような気がする。

 

すなわち、あまり結果にはこだわらなくていいのである。単に急落したからといって、読解力が低下したというのは、あまりにもせっかちなのである。

 

むしろ、日本はしっかりと学力をキープしている。というのも、2000年の調査スタート以来、コンスタントに順位をキープしているからだ。例えば読解力でいうと、2000年の調査以来、全7回の調査の中で、連続して20位以内をキープしているの、実は6ヶ国しかない(フィンランド、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、韓国、日本)。20年近くにわたって、全世界のトップクラスをキープしているというのは結構すごいことなんじゃないだろうか。

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各国の順位推移

*9

 

また、PISAも日本には読解力の低下は見られないとしている。2000年から2018年の長期トレンドをまとめているが、その中で日本は、統計的に優位な変化がない国・地域に分類されているのである。

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各国のレベルの推移

 

*10

 

つまり、「日本の読解力が低下している」というのは大いなる嘘なのである。もちろん、だからと言って現状に安堵するのは悪いが、だからと言ってこの結果だけをもってして「読解力が低下している」というのはあまりにも騒ぎすぎなのだ。このPISAにまつわる報道は、あまりにもミスリードが多い気がする。