だじりブログ

日々の読書から広がる考察

30歳過ぎた転職とUnlearning(アンラーニング:学習棄却)について

 最近、Unlearning(アンラーニング)という言葉をよく聞くようになった。

 

きっかけは、私が現在の会社に転職して、社内の色々な人と知り合うようになってからだった。「中途組はアンラーニングに苦労するから頑張ってね。」「前職のナレッジを使うと同時に、アンラーニングしていく必要あるよね。」

 

私はMBA留学を経て、31歳で現在の会社に転職している。まだ経験は浅いが、業界も異なるため、前職における仕事のやり方と大きな違いを感じている。そしてその違いに時として不快感を感じ、自分をどのように合わせていけばいいかわからなくなる時がある。どのようにその違いを乗り越えるか、色々な方にアドバイスを頂く中で、「アンラーニング」という言葉をよく耳にするようになった。

 

色々調べてみると、この言葉意外と奥が深いことに気がついた。なぜならこのキーワードが、個人のキャリア・トランジションや組織のトランスフォーメーションにも重要な概念なんじゃないかと思えてきたからだ。

 

少しこの言葉についての考えをまとめてみたい。

 

目次 

Unlearning(アンラーニング)とは何か

 

そもそもUnlearning(アンラーニング)とはどういう意味なのか。Learningという言葉は、学習という意味だ。それ反対の意味を持つ「Un」がつくことで、学習と反対の意味を有するのかもしれない。

 

この言葉の意味に疎かった私は、アンラーニングという言葉を調べて見た。

 

「アンラーニング」(unlearning)とは、いったん学んだ知識や既存の価値観を批判的思考によって意識的に棄て去り、新たに学び直すこと。*1

 

このコンテキストだと、前職で学んだ知識や価値観を意識的に捨てる、それがアンラーニングということになるらしい。

 

アンラーニングの対象

ただし、この言葉、もう少し具体的にいうと、主に二つを対象としているといえる。

 

  • スキルセットのアンラーニング

これは比較的想像しやすい。具体的に知識を有している、あるいは何かができるという能力について、過去と現在の使われかたの微妙な違いを認識し、過去自分が培ってきた能力を微調整する必要がある、ということになろう。

これは、自動車を運転するという例えで考えるとわかりやすい。自動車を運転するにあたり、我々は免許を取得するために自動車学校で運転の仕方を学ぶ。その時運転するのは大抵は小型の自動車である。そして、多くはマニュアル車の免許を取得する。ただし、実際に社会に出ると、自動車は小型に限らないし、車はほとんどがオートマティック車である。小型の車と大型の車では、車幅が異なることから曲がる時に異なったタイミングでハンドルを切る必要があるし、ミラーの位置や見える範囲内が異なることから、違う確認の仕方をしなければならない。小型車と大型車については、運転とは言ってもそのスキルが異なるといえる。

これが仕事でも言える。私の職場で照らし合わせれば、エクセルとパワポについて、必要とされるショートカットやフォーマットが違ったり、コミュニケーションにおいても、相手が何を求めているかが過去と現在で大きく異なることから、そこも調整が求められる。

 

 もう一つが、マインドセットだ。マインドセットとは、経験や教育などから個々人について形成される思考スタイルや価値判断で、ことアンラーニングの文脈においては、どのように仕事を進めていくかという価値判断基準に関わってくる。

これは、スキルセット以上に形式化されていないため、表現することが難しい。例えば、チーム内での上司との接し方や、自分の作業の進め方などが挙げられる。職場によってはこれらが明文化されているところもあるのだが、大抵は職場で大多数の人が慣れ親しんだスタイルをそのまま全体で流用しているというケースが多いのではないだろうか。

 

アンラーニングとトランジション

このアンラーニングという言葉、そこまで新しい言葉では無い。アンラーニングは早くから経営学者の研究の対象になっていて、例えば『知識創造企業』の著者で知られる野中郁次郎と竹中弘高は1985年という早い段階で、組織のアンラーニングに着目し、どのようにイノベーションと生産性向上の双方を両立させているかという実証研究を行なっている。*2また、日本国内でも、グーグルでUnlearningと検索すれば、それなりの数の研究の数がある。

しかし一方で、個人のアンラーニングについては実証研究が少ないという*3。「アンラーニングとは何かという定義において研究者間で合意に達しておらず*4、それが個人のアンラーニング経験についての研究を少なくしているという。

 

確かに、アンラーニングは、①対象(何をアンラーニングするか)そして②目標(アンラーニングして何になるか)という二つの点が曖昧で、それが研究の世界において疎まれる理由なのかもしれない。そもそも、ビジネスの世界で言われるような「スキルセット」だったり、「マインドセット」が、大抵の場合客観的に判断できるようなものでは無いため、再現性を求めるサイエンスからは疎まれるのはある意味では自然の流れなのかもしれない。

ただし、一方でリーダーシップ研究からは、アンラーニングに近い考え方を参照することができる。その一つに、トランジションがある。

 

トランジション ――人生の転機を活かすために (フェニックスシリーズ)

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トランジションとは、William Bridgesが提唱しているリーダーシップ論のひとつで、「いかにして人はリーダーになっていくのか」という問題意識から、どのようにリーダーシップを育てることができるかという問いに答えを提供している。このトランジションはリーダーシップに端を発し、人はどのように変わるのか?という問いに広く答えることができるため、かなり多くの場面で使われている。

 

このトランジション、変化をするという点においては、アンラーニングと同じだが、トランジションは状況の変化ではなく、心理的に変わることによって引き起こされる、すなわち、外的環境の変化を伴わないという点で、アンラーニングとは異なる。アンラーニングは、ある環境から別の環境に動いた時に、以前所属していた環境で培ってきたものをどのように変えて新しい環境に適応するか、というダーウィンの進化論的な考え方をとるのに対し、トランジションとは「外的な出来事ではなく、人生のそうした変化に対処するために必要な、内面の再方向づけや自分自身の再定義をする*5」とされている。
 
トランジションは、(1)終わり(2)ニュートラルゾーン(3)新たな始まりから成り立つという特徴を有しており、以下法則があるという*6 
法則1:トランジションのはじめのころは、新しいやり方であっても、昔の活動に戻っている
法則2:すべてのトランジションは何かの「終わり」から始まる
法則3:自分自身の「終わり」のスタイルを理解することは有益だが、誰でも心のどこかでは、人生がそのスタイルに左右されているという考えに抵抗する
法則4:まず何かの「終わり」があり、次に「始まり」がある。そして、その間に重要な空白ないし休養期間が入る 

  

つまりここで言えることは、トランジションは昔のやり方から離れるために、相当な心理的な労苦を重ねる必要があるということだ。「変化」という点で共通するアンラーニングについても、外的環境の変化があるといえども、この心理的な労苦は付きまとってくることが想像できる。
例えば私の場合。転職したのは自分の意志であるし、業界・ポジションが全く異なる別世界に身を投じるわけだから、なんらかの変化をしなければならないというのは想像できていた。しかしいざその新しい環境に身を投じると、「変わらなければ」とわかっているものの、なかなか変わることができない自分がいることに気づく。今までやってきたことが自分のアイデンティティの一部になっており、今まで自分が慣れ親しんだ価値判断やスキルに変更を加えるということは、アイデンティティの一部を変える、時として否定するということに他ならない。ここから、アンラーニングは相当に難しいことがわかる。

 

 

なぜUnlearning(アンラーニング)が重要か

では、ここまで定義が曖昧で、そして実践には労苦が伴うアンラーニングが重要なのか? 私は以下の点で重要だと考える。

  • 技術の陳腐化のスピードが早くなっている(それに伴い、スキルの陳腐化も早くなっている)

よく言われていることだが、現在は技術の普及のスピードが非常に早くなっている。下の図はテクノロジーの普及率を時系列で表したものですが、電話や自動車・ラジオが発明されてから、普及するのに50年近くの歳月がかかっている一方、近年のテクノロジー、例えばPCやインターネットは、10−20年という比較的短いスパンで爆発的に普及している。

*7

 

ここから容易に想像できるのが、今後も多くのテクノロジーが、比較的短いスパンで普及する、ということ。この傾向はどんどん加速していくだろう。

こうした傾向に対し、人間も対応してかなければならない。具体的には、次々と新しい技術が導入されることにより、新しいシステム・組織・仕事のやり方を継続的に学ぶ必要がある。その際に、どうしても以前の経験や知見が邪魔をしてしまうことがある。それをアンラーニングによって解きほぐし、新しい学びへとつなげていく必要がある。そうした意味で、アンラーニングの場面と意義が大きくなっていると言えるのである。

 

  • 人生100年時代において、より長いスパンでのキャリア形成が求められる

これも一般論ではあるが、健康年齢が長期化と少子高齢化によって、現状の社会システムが成り立たなくなり、現役と呼ばれる年齢が長くなることが予想されている。これに伴って、より長期的なスパンでキャリアを考える必要がある。

この議論を広めたのが、リンダグラットン著『LIFE SHIFT ライフ・シフト』だろう。こうした長いスパンのキャリアにおいては、専門家と一般的に呼ばれる人々ですら、1つのことを掘り下げるだけでは食べられなくなってきて、次々と新しい分野を掘り下げる「連続専門家」になる必要があると言われている。

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 

そうなると、何か一つのことに固執するのではなく、新しい学びを連続的に行なっていく必要がある。その中には、過去の学びを解きほぐして、新しいものへとアップデートする必要に迫られるものも出てくるであろう。こうした意味では、アンラーニングの機会が劇的に増えるわけである。

 

以上の二点から導き出されるのは、生涯を通じたアンラーニング機会の質的・量的増加である。10代や20代前半の、大学や最初の職場で学んだ基礎的なスキルを、連続的にアップデートしていく必要がある。

 

 

どうやってUnlearning(アンラーニング)を実践するのか

 さて、一番大事な部分である。どう実践するのか?これについては正直なところ、まだ解を持ち合わせていない。これについてこれから色々と考えていきたいと思っている。

 

このアンラーニングを調べていく中で、一つ面白いものを見つけた。スターウォーズヨーダが、アンラーニングについて面白いことを言っているのだ。 エピソード5、ルークスカイウォーカーがヨーダの元で修行をしている際、フォースの力を信じられないスカイウォーカーに対しYodaがこういうのである。

「Only different in your mind. You must unlearn what you have learned」

「There is no try」


Master Yoda Quote (TRY) | Star Wars V - The Empire Strikes Back (1980)

 

つまり、すでに外の環境はそこに存在している。変わっていないのは個々人の考えだけである。そして、「考えを変えることを試す」という段階は存在せず、「やるかやらないか」であるという。これがYodaの教えだ。うむうむ、なるほど。

 

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以上アンラーンに関する考えをまとめてみた。特に実践については内容が浅くなってしまったが、研究が少ない、また定義が曖昧ということからある種仕方がないかもしれない。今後自分の体験を交えながら、ここについての考察を深めていければと思う。

 

では、では