『残酷な進化論:なぜ私たちは「不完全」なのか』から、アンラーンを考えてみる 〜読書リレー〜

 久しぶりに読書リレー更新。今の会社に入ってからも、相変わらず本は読んでいるのだが、書かないと忘れる。ということで忘備録も含め書いていきます。

 

 生物学に関して、特に進化論について様々なトピックで話をまとめた本。内容としては、非常に平易に書かれており、とてもわかりやすい。日常に溢れる様々な健康・生活に関するトピックを生物学と結びつけた時にどのようなことが言えるのかをまとめているので、気軽な気持ちで読むことができる。

 

ただ、個人的にこの本から得た学びは大きい。特に、この本で一貫している考え方として(というか自身も驚いた観点)として、「進化とは向上というものではない」というものがあった。

 

進化というのは、単純にその環境に適応するために変化するということであり、機能を向上させるためのものではない。普段我々が進化というと、何か従来できなかったことができるようになるという観点で語られやすい。しかしよくよく考えてみれば、哺乳類は水中での生活から陸上の生活に切り替える際に、水中での生活に必要な機能を削ぎ落としていっているわけだし、ある観点で見れば必ずしも進化とは単線的な成長というわけではないのである。

 

これを読んだ時、「アンラーニング」も進化ではないか考えるようになった。すなわち、学習棄却というのは、何かを捨てるということだが、必ずしも向上というものではない。すなわち、過去に学習したものから、単数の経路でそれをさらにより良くするということではない。新しい環境に適応し、過去に学習し得たものを取捨選択しながら変化させていく、そういうプロセスではないかと感じるようになった。

 

このように考えると、非常にスッキリする。というのも、向上という観点でアンラーニングを考えた際、過去を否定してしまうという自己矛盾に陥るからだ。具体的にいうと、「今までの考え方を捨てて、この会社でやっていくために必要なスキルを習得してください」という言葉を、「キャリアは単線的で、正しいスキルセット習得のために成長していかなければならない」という考え方で解釈してしまうと、「今までのやり方が間違っているから、新しい考え方に刷新しなければならない」という方向に持っていきがちである。そうなると、前者の「今までのやり方が間違っていた」という点にフォーカスがいきがちであり、結果として過去を否定してしまうことになる。これは精神衛生上良くない。というのも、人間誰しも自分がやったことを誤りだと認めたくないからである笑

 

そういう点で、一度別の分野である生物学の観点で、進化とは向上ではないというところの視点をもらえたのは、アンラーニングを考える上でもかなりの示唆になったと感じている。