だじりブログ

日々の読書から広がる考察

現場から見上げる企業戦略から、現場か資本か考える

 

 

企業戦略論で有名な藤本教授の本。この方の本はいつ読んでも新しい知見を得られます。コンサルタントとして大企業の全社改革に携わる中で、この方が専門とするようなものづくりの領域に触れることも多いのだが、そうした中でこの本の視点は本当に役に立ちます。

 

この本の主な論点としては、デジタル時代においても、日本の基幹産業である製造業においては、愚直に現在の企業が持つ現場でのものづくりの力を絶えず鍛えることによって、グローバル市場における競争優位性を維持できる、というものです。コンサルティングで様々な現場を巡る上で、この考えは私個人としても非常にしっくり来るものであると同時に、日本の方々およびビジネスパーソンにおいても考え方を改めなければならないと思います。

 

ただ、この主張は至極当たり前のように思えます。なぜなら、日本企業はこれらの競争優位性によって経済成長を遂げてきたからです。ここで浮上する問題点として、そもそも、なぜこのような議論を、著者はこの本であえて説明しなければならなかったのか、ということが挙げられます。それは、この著書でも挙げられていますが、「悲観論」にあると著者は述べています。それを如実に表しているのが以下の部分かと思います。

 

不況や円高で企業業績が悪化したり、大きなメーカーが倒産したりして悲観論的な雰囲気が充満すると「日本の製造業はもうダメだ」論がまた出てくる。そのたびに私は「条件つきだが大丈夫だ」と反論しつづけた。しかし悲観論的雰囲気が消えると、そうした雰囲気的悲観論もどこかに消える。状況が悪化するとまた出てくる。この繰り返しだ。今後も繰り返されるだろう。しかし理論的および実証的な裏づけがとれているかぎり、私はこれからも「条件つきだが大丈夫だ」といいつづける

 

日本の経済においては、やたらと悲観論が蔓延りやすい傾向にあるのかなと思います。それが健全なうちは良いのですが、それがどんどん足を引っ張っていって、自滅の道を進んでしまうことがあるので、それだけは避けてもらいたいなと思う今日この頃です。

 

さて、もう一つの議論として興味深かったのが、現場志向と資本志向の考え方です。こちらについては、もう一度本文の中から説明を引用すると、

 

「現場指向」とは、損失が生じても現場の人員を簡単には切らず、一定以上の利益が出れば現場にも還元するような現場重視・地域重視の考えをもつことをいう。それに対して「資本指向」とは、利益最大化を根本的な行動原理とすることをいう。先にも述べたように、主流派経済学の教科書に出てくるモデルは後者 

 

ということになります。

 

ここで強調すべきなのは、「損失が生じても現場の人員を簡単には切らない」という点です。ここは資本主義社会と真っ向から反対する考え方ですが、それが巡り巡って現場を活気立てる一因になる、ということです。

 

それはどういうことかと言いますと、日本の製造業の工場は、一部を除いてほとんどが地方にあります。その地方にある工場はその地域社会に根ざしていることが多く、その工場が地域の経済を発展させている、と言っても過言ではありません。例えば、私の前職では製造拠点が九州の地方都市にありましたが、その都市はある産業の集積地になっていて、そこで働く人々が一定数いることから、人口が増え、世帯が増え、結果として地域経済が発展する、というサイクルがありました。

 

そうした中で、不況のあおりを受け、生産が滞る。そうすると、工場は損失が発生し始め、コストの削減にてをつけます。コストの中で大部分を占めるのが人件費ですから、現場の人員を削ればコストは下がるわけです。ロジカルに考えると、この決断は正しいように見えますが、一方で間接的な影響が大きいとも言えます。なぜかというと、人員を削るということは、その地域で働く人が少なくなることを意味します。それは、人口が減り、世帯が減り、結果として地域経済が停滞していく、という悪循環に陥る契機を作り出しているわけです。そうなってしまうと、そもそもその工場を下支えしていた地域経済が立ち行かなくなり、工場自体で、もともと維持しようと思っていた人員までも、地域経済の停滞の影響を受けるかもしれないわけです。そうした意味では、工場と地域経済はある種一蓮托生的なところがあり、これら二つを切り離して考えることはできないわけです。

 

そうなって来ると、ロジカルで考えることが必ずしも正しいのか?というイシューにぶち当たります。ロジカルシンキングで売っているコンサルタントが何を言っているんだ、ということになりかねませんが笑、そうした資本志向では到達し得ないところに本当の解があるんじゃないかなと、そう思う今日この頃です。