Se projeter dans l'avenir 〜INSEAD MBA留学記〜

2018年8月からINSEAD MBA留学。MBAで感じたことについて毎日つづります

酒井崇男『「タレント」の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論』〜読書リレー(141)〜

 

 

人事コンサルタントである著者が、日本企業における「タレント」の起用方法を中心に、人材の生かし方について述べている本です。工学部出身で研究所での勤務を行なっていたこともあり、工学的なアプローチが多く含まれており、これはこれで視点として非常に面白いと思います。

 

まず著者は、「労働の考え方を変えるべきだ」と主張します。新しい労働の考え方を簡潔に表す著者の表現が「人間の労働とは、商品や資産として価値のある「情報を創造」したり、価値のある「情報を転写」したりすること」というものです。この根底にあるのが、設計情報という工学的な考え方で、簡単にいえばモノを作る際の図面や作業手順といった、あるものを生み出すために必要な情報を総称しています。ただしこの設計情報の対象は、有形のモノだけでなく、無形のものも含まれます。例えばスターバックスセブンイレブンなどのチェーン店での接客についても、どの店舗でも店員でも、個別差なく同様のサービスを提供することができるという点で、設計情報に基づきサービスを生産し、提供しているわけです。

 

この観点で見たときに、もちろん重視するべきは前者の「商品や資産として価値のある「情報を創造」」することになります。そして、これを行える人材こそが「タレント」だとして、重宝すべきだと主張しています。

 

著者は、日本企業の多くは前者の情報創造ができるタレント人材をうまく扱えていないと主張します。それは、日本の大企業の雇用形態に起因しており、そうしたタレント人材が重宝されず、ただ単純に定型作業に終始する人材と同等の扱いを受けてしまう。そうならないためにも、早急にタレントを生かす仕組みを作るべきだと主張します。

 

それで参考になるのが、トヨタの主査制度だと言います。この制度では、一つの車種2つき一人の主査がつき、設計開発から市場調査・マーケティングの部隊を一手に統括するというシステムです。このシステムに基づけば、タレント人材を主査につかせ、彼彼女を中心とした製品の提供体制を作り上げられる。すなわちタレント人材を最大限に活用できると説明しています。

 

この本の考え方は大方間違ってはいないと思うのですが、この「タレントを生かす仕組み」について考える上で重要な2点があり、それについては本書では述べられていません。

 

1つ目に、「すりあわせ」の考え、すなわち一人のカリスマではなくチームプレーによる価値創造の観点が抜けているという点です。本書では、一人のタレント人材にスポットを当てて、価値創造の仕組みを考えていますが、そうした一人の個の力で大企業を動かすようなタレント人材はそうそういません。アップルのスティーブ・ジョブスのような飛び抜けたカリスマ人材はもちろんタレントといってもいいのですが、そうしたタレントは何億人のうち1人いるかどうか、というレベルの話です。

 

そうなってくると、1人のタレントに依存するよりかは、組織でうまく価値を創造できるような仕組みを作っていくべきであるのですが、そこにスポットライトを当てるべきかと。ちなみにトヨタの主査制度も、そうした観点で「いかにチームとして価値を生み出していくか」という点での考察が必要なのかもしれません。(1人のタレントを活かす仕組みを、と掲げている割には、本書の最後で「全員が一丸となってそれぞれ自分ができるレベルで努力することが、本来の日本人の強みである「和」ということ」と締めています。)

 

2つ目に、そうしたタレント人材の育成方法があります。自分自身が価値創造や製品開発の中心となるようなタレント人材はどのようにして生み出されるのか、この本では周辺的な議論しかなく(例:タレント人材はどのような目的意識で動いているのか)、本筋の「どうやってそうした人材を見抜き、育てていくのか」という議論がされていません。本書では、士業と呼ばれる人たちを「定型労働者に過ぎず価値を生み出していない」と一蹴したり、MBAは高度に知的な創造性に向かないといった否定はあるのですが、ではそうしたタレントを育てるにはどうすればいいかについての考察がかけています。

 

いずれにしても、定型作業に終始するのではなく、いかに設計情報を作り出していくか、この観点から働き方を捉えるのは面白いと思います。今働き方改革の議論が多くされていますが、このほとんどが「定型作業の効率化」であり投入費用・時間といった、効率性を考える上での分母にあたる部分であるわけです。一方で、価値を生み出す側すなわち効率性を考える上での分子にあたる部分については、いまひとつ議論の盛り上がりが欠けている気がします。こうしたところに着目することこそが、必要なのではないかなと思ってしまう一冊でした。

 

では、では