財布を持たずに外出できますか? 〜キャッシュレス社会が日本に訪れるシナリオ〜

最近日本でも、電子決済・いわゆるキャッシュレスが注目されるようになってきたようです。これらは従来の取引方式に変わる仕組みとして、期待がされている、と行ったところでしょうか。

 

しかし、キャッシュレス化というと、日本は完全に遅れをとっているような印象です。上海に在住する私にとって、キャッシュレスというのはすでに生活の中に浸透しているのです。日本に帰るときに、まるで数年前にタイムスリップしたかのような不便さを感じえません。それぐらい中国ではキャッシュレスな生活が浸透しています。

 

中国では、AlibabaやTencentなどがアプリを開発し、携帯電話のみで決済ができるようなシステムを構築しています。利用は簡単で、銀行口座の番号をあらかじめ登録しておき、(登録しなくても、プリペイドカード的な形で利用も可能です)、利用可能な店舗で支払いの際に、「Alipayで」と言えばOK。携帯でアプリを立ち上げ、QRコードを表示させることができます。店員が専用のリーダーを用いて、そのQRコードを読み取れば決済完了。デビットカードのように自動的に銀行口座からその場で引き落とされるような仕組みです。

 

これだけ聞くと、今までのデビットカードと何が変わらないのか?何が便利なのか?と思われる方がいるかもしれません。上記は基本的機能ですが、その基本的な機能美にとどまらず、様々な利便性があります。実際に私が体験した便利さを以下に述べたいと思います。

 

(1)上記のような形で支払いを行う場合には、サインが不要。すなわちデビットカードやクレジットカードにあるような、いちいちサインをしたり暗証番号を入力したりといった手間が省けます。(ただし、一部支払い方法では、認証が必要)

 

(2)レストランやコンビニなど、一般的に生活をする上で行く場所は全て対応可能。例えばコンビニで飲み物を買うぐらいの金額でも、このサービスは使うことができます。(すなわちマイクロ決済でもOK)

 

(3)友人・知人間での送金が、チャット画面で簡単にでき、便利。例えば友人同士と食事に行き、精算となったときに、Wechatであれば、チャット画面で送金が可能になる。これにより、精算のたびにいちいち財布からお金を出してつり銭のやりくりをしなくていい。また、出張のときに、出張先のスタッフにあらかじめ電車のチケットとかを準備してもらい、Wechatのチャット画面上であらかじめ支払いができる。銀行口座などを教えなくとも個人間で金銭のやり取りが可能。

 

(4)携帯の画面上で、過去の支払い履歴を閲覧することができる。家計簿をつけている私にとってはこれは大きく、従来であれば記帳のためにレシートを貰う必要があったが、それがなくなり、財布がスッキリした。(今となっては、もはや財布も持ち歩いていないのだが)また、クレジットカードでもPC上で閲覧は可能だが、携帯ほど利便性はない。

 

これらの利便性が、今日本で議論されているような電子決済とは決定的に違うところだと思います。キャッシュレスって、単純にクレジットカードとかじゃないの?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、僕はキャッシュレスの状態というのは、「財布を持たずに外出できるか?」が一つの判断基準になると思います。すなわち、クレジットカードを持っているということは財布を持ち歩いているので、まだ生活がキャッシュレス化していない、と意味すると思います。

 

ちなみに私は上海で生活するときは、よほどのことがない限り財布を持ち歩きません。だって全く財布を使いませんし、持ち歩くことで紛失する方のリスクが高いと思っているからです。だからと言って困ったことはなく、全ての支払いを携帯電話で済ませることができます。(まあ、携帯電話の電源が切れたらアウトですが笑)

 

ではなぜ、中国ではこんなにもキャッシュレス化が進んだのでしょうか?理由はいくつか考えられます。

 

①現金に対する信用の低さ

これは、日本ではイメージがつきにくいかもしれませんが、海外だとむしろスタンダードかもしれません。中国をはじめ海外諸国では、偽札は当たり前のように出回っています。私が聞いた話では、ATMで引き出したとしても、その中から偽札が出てくる、というようなことがあったようです。中国では、特に最高紙幣(100元)で偽札が横行しており、中国政府もその対応に追われています(最近になって100元札のデザインを変更しました)。

 

これは個々人の支払いにも影響してきます。例えば個人が偽札と気付かずに使用した場合、お店から「これは偽札だからやめてくれ」と言われるケースも少なくないといいます。自分では100元の価値がある紙幣を持っているはずなのに、交換価値を持ちません。このため、決済ができなくなってしまうのです。

 

この問題に対し、電子決済はデータという信用を使うことで解決しています。データ自体には「偽物」はないわけですから、電子決済によって信用が確保されているのです。

 

②最高紙幣額の小ささ

中国の最高紙幣額は100元です。現在のレートが1円=約17円ですから、最高紙幣でも1700円程度と、日本では考えられないくらい小さな単位です。この、最高紙幣がこんなにも小さい単位であることの理由として、上記の「偽札対策」があげられるといいます。しかしこれは、実際の使用者からしたら大変なことです。例えばIphoneを買いに行ったとして、現金で支払おうとなると、だいたい6000元程度かかるわけです。日本円にして約10万円ですね。日本だと、一万円札を10枚持てば良いのですが、中国の場合100元札しかありませんので、60枚紙幣を持つ必要があります。6倍の紙幣を準備するとなると、それは大変ですよね。一方で、電子決済の場合には、金額が大きくなっても作業は全く一緒です。携帯電話一つさえあれば、どのような金額(一定以上は認証が必要ですが)でも対応は可能です。こうした持ち運びの面からも、電子決済が喜ばれる理由があるようです。

 

③クレジットカードの浸透性

中国では、特に農村部を中心に、あまりクレジットカードが浸透していません。中国というと、銀聯カードが有名ですが、このカードを持つにも信用情報の提供が必要になってきます。しかし特に中国内陸部出身の人からすれば自分の信用情報を証明することは非常に困難であるのです。一方で、こうした電子決済システムは、取引に際し信用は必要ありません。自分が持っている分だけしか取引ができないためです。しかしその「零細さ」が、電子決済を瞬く間に広めた理由になっているようです。

 

では、逆に、日本がキャッシュレス化がなかなか進まない理由は何かと考えると、上述した中国でキャッシュレス化が進んだ理由と真逆の状況だった、ということが考えられそうです。すなわち、現金に対する信用が非常に高いということ。そして最高紙幣額がそれなりに高いため、持ち歩くことが可能だということ。最後に、クレジットカードが支払いで浸透していること。これらが理由となり、いわばキャッシュレス後進国になっている、と言えなくもないのでしょうか。

 

こうした中で、日本がキャッシュレス化になるためには、どのようなシナリオが考えられるのでしょうか?私は以下の二つがありえると思います。

 

(a)1万円札と5千円札を廃止する。

かなり大胆ですが、現金を使わせなくする、という方法が手っ取り早いです。これは一見不可能であると思えますが、意外にもスムーズに移行することができるという事例が残されています。例えば、インドは、偽札撲滅や、テロ資金や違法マネーなどの地下経済を一掃する目的で、500ルピー紙幣と1,000ルピー紙幣をいきなり廃止しました。しかし、特に大きな混乱はおこらずに現在に至っているようです。

 

(b)AlibabaやTencentが日本の銀行を買収する。

これもかなり大胆ですが、ありえなくはないと考えています。実際のところ、大前研一氏も同様の見解を述べていました。大前研一氏によると、彼らの野望は、最終的には銀行になり、金融機関になることだと述べています。こうすることによって、多額のキャッシュを留保することができ、また顧客データもうまく活用することができます。こうした中国のIT企業にとっても、未開拓の日本市場は魅力的に見えるかもしれません。泉田良輔氏も、「銀行が目先でやらなければならいことは、プリペイド方式や異業種がテクノロジーを活用してくる新たな決済手段に対して、魅力的な決済手段の提供と、それに絡めた預金拡大である。それが銀行として存続するために必要となる。」と述べています。しかしながら今のところ日本の銀行は、新しい決済方法に対する危機感はあるにしろ、自ら魅力的な決済手段を提供しようとする動きは見られません。それどころか、クレジットカード会社との繋がりがあるために、数年前と同じような決済商品をなんどもリリースしています。こうした過去からの経路依存症的背景があるため、新しい決済手段の導入はそうは簡単に進まないでしょう。

銀行はこれからどうなるのか

銀行はこれからどうなるのか

 

こうなると、時価総額と勢いで上回る中国のIT系企業が、日本の銀行を買収、一気呵成にキャッシュレス社会を広める、というシナリオも考えられそうです。まあ、買収などしなくても、徐々に自分のサービスを日本で展開していく、ということもありえます。

 

このキャッシュレスに関する動向を見ていてもそうですし、EVだったりAIだったり他の最新テクノロジーの動向についても同様なことが言えるのですが、どうも日本は世界のテクノロジーのトレンドにうまくついていけてないなという印象を受けます。過去のしがらみにとらわれず、どんどん外から新しいものを取り入れていく、そう行った姿勢も今求められているのかもしれません。

 

では、では