福田慎一『21世紀の長期停滞論』〜読書リレー(99)〜

 今の日本を窮状をわかりやすくまとめた良書です。

 現在日本が直面している、長期的な経済停滞の状態についてまとめた上で、果たしてどのような経済施策が有効なのか、という問いについて考えている本です。この本の冒頭で、著者は長期停滞について以下の通り述べています。

 

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深刻な生産の下落を伴う「恐慌」というものではなく、資本主義の崩壊を示唆するレベルのものではない。また、労働市場での失業の増加も限定的で、ケインズ経済学の考えた不況とも性質や症状は大きく異なっている。ただ、GDP(国内総生産) などの数字が示す以上に、景気回復の実感が湧かない経済状態が長期にわたって続き、それがなんとなく経済活動に悪影響を及ぼしている。

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この「なんとなく」というのがポイントで、今の状況を的確に表しています。すなわち、数値的には景気は明らかに回復しているのに、実感として「なんとなく」景気が上向きになっている感じがしない、というものです。これこそが、長期停滞の状況なのでしょう。

 

こうした停滞論について、日本の状況についてさらに著者はこう述べています。

 

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海外で長期停滞論を主張する論者(特に、米国の研究者) の間では、大胆な金融緩和や財政拡張を速やかに実施することが、 21 世紀型の長期停滞からの脱却には、もっとも有効であるとする考え方が一般的である。しかし、日本経済が直面する深刻な構造問題に鑑みた場合、わが国で求められる政策は、極端な金融緩和政策や財政支出の拡大だけでは不十分である。むしろ、日本経済が抱えるもっとも深刻な構造的問題に抜本的にメスを入れ、それを大胆に変革していくことによって、多くの人々が持つ将来不安を解消していくことこそが、いまの日本には求められているのです。

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そして、これを解明することが、今後長期停滞を経験するであろう他の国家にとってモデルケースとなる、と言います。まさしく「課題先進国」の考え方ではないですが、こうした考え方が日本には求められているような気がします。

 

さて、長期停滞を考える上で著者は、貯蓄過剰=需要不足というキーワードを掲げています。これは、需要サイドの観点から長期停滞を論じるパターンであり(もう一つは供給サイドですが、これはあまり注目されていないようです)、主流の議論となっているようです。

 

なぜこの現象が起きたのか。著者は4つの観点をあげています。

1バブルの頻繁な発生 →低インフレと低金利を誘発

2世界的な貯蓄余剰→特に国際競争力を高めた新興国が先進国に対し低価格で大きく輸出を増やし、また金融市場においても資金供給量が急増したために、デフレを招く

3人口減少や高齢化の進行→需要が現象

4世界的な所得格差→賃金格差の拡大により、富が富裕層に一極集中する。このため、経済全体での需要増には結びつかない

 

また、これらに加え日本特有の状況として、「デフレマインド」があるというのが一般的な見解だそうです。デフレマインドとは景気は十分に回復し、需要不足もほぼ解消されているにもかかわらず、ネガティブな捉え方が蔓延することにより、需要を抑えてしまうという現象です。このため、景気は回復しているのに需要が伸びない、という現象が発生してしまいます。

 

そして、これを端的に表しているのが、日本の物価です。この本で紹介されているデータによれば、世界では過去20年の間に、物価が2.5倍に膨れ上がっているそうです。一方で日本は、物価がそこまで上がっていない。いかにインフレが抑えられて来たかがわかる状況となっています。失われた20年の中で、人々が消費を抑えよう抑えようとして来たために、物価が世界と比べて伸び悩んだのです。

 

本書ではさらに分析が続くのですが、思うにこの「デフレマインド」というのが一番の重荷となっているのでは無いかなと。この本を読んで思い出したのが、携帯電話メーカーのファーウェイの日本戦略です。

 

最近ファーウェイは日本に続々廉価版の製品を投入していますが、中国以上に低価格戦略で日本市場に乗り込んでいるわけです。これが中国にいる私からすると不思議に思えました。中国では少し割高な携帯が、なぜ日本では値引きされているのか、この部分が納得できなかったのです。

 

もちろん、市場におけるポジショニングの違いがあるのかもしれません。中国市場においては、シャオミやOppo、さらには名もなき中国ローカルメーカーなど、ローエンドを見れば群雄割拠の状態です。こうしたところと違いを見せるべく、ミドル・ハイレンジを狙った価格戦略をとっているのが中国であるのかもしれません。一方で日本は、ファーウェイ=中国携帯という認識がある以上、低価格でないと顧客が認めてくれない、という状況もあるのでしょう。

 

しかしそれ以上に思うのは、日本人のそうしたコストに対する過剰なまでの敏感さだと思います。良いものを安く、という考え方が根強く残っており、コストパフォーマンスを重視する傾向が強くなって来ています。ファーウェイは、こうした日本の購買意識をきちんと理解した上で、価格戦略を練って来ているのでしょう。

 

こうした点から考えると、少し大げさになるのかもしれませんが、日本の消費者が「より良いものを」という考えではなく、「コスパ」という考えでいる以上、こうした「デフレマインド」は脱却できないのかと思います。ただし、これは「人々の認識を変える」というものですので、とても難しい作業になります。具体的にどのように行なっていくかについては、この本でも論じられていません。その点で、マインドチェンジに向けた議論が必要になってくるのではないかな、と思います。

 

では、では